この3月末、アメリカ国防総省からさらっと一枚のプレスリリースが公表された。バイデン政権における核政策の指針「核態勢の見直し」(NPR)の概要の発表である。
A4用紙の3分の2にも満たないこの短いリリースを受け、国内外からの視線はその中の一行に集中した。
「アメリカは、自国あるいはその同盟国やパートナー国の不可欠な利益を守るために、極限的状況(extreme circumstances)に限っては核兵器の使用を検討する」
リリースによればNPR全体は近く正式に発表されるとなっているが、4月中旬現在、まだ出されていない。もっとも、このバイデン政権のNPRで何よりも注目されていたのが、バイデン氏の選挙公約であった核兵器の「唯一の目的宣言」が織り込まれるか、という点であった。
米ウォール・ストリート・ジャーナルはリリースに先駆けて、「同盟国からの圧力の中で、バイデンは長年続くアメリカの核政策に固執することになった――核兵器の唯一の目的は核攻撃を抑止することのみとすべきとの選挙公約から後退」と報じた。
■核の役割低減に反発する日本
「唯一の目的宣言」とは、核兵器保持の目的を核抑止と核攻撃を受けた場合の報復に限る、とする宣言であり、核兵器を他に先んじては使わないとする「核の先制不使用宣言」とほぼ同義である。
米オバマ政権の時代、「核なき世界」を掲げノーベル平和賞も受賞した同大統領(当時)が、核廃絶の一歩として核の先制不使用宣言を出そうと試みた。しかし、同盟国の一部、とりわけ日本が「中国に間違ったサインを送る」と懸念を示し、これを断念に追い込んでいるとも報じられた。すなわち、核の役割を減らそうとする核大国アメリカの努力を、唯一の戦争被爆国日本が妨害したのである。
当時の副大統領は、現在の大統領であるバイデン氏であった。バイデン氏はオバマ氏の意を継ぎ、前述したとおり自身の大統領選の公約でアメリカの核兵器の役割を「唯一の目的」に限定すべきとし、大統領就任後も、2021年3月に公表した国家安全保障戦略の暫定指針で「核兵器の役割低減の措置を取る」としていた。
そのために、バイデン氏が自分の政権で発表するNPRで核の先制不使用を宣言するのではないかと、世界中が注目していたのである。
しかし、冒頭のリリースのとおり、バイデン政権はNPRに核の先制不使用宣言(唯一の目的宣言)を含めなかった。日本の被爆者を含め、核廃絶や核軍縮を期待する世界の人々には大きな失望が広がった。
背景には、ウクライナ情勢があり宣言が難しかったという点もあるだろう。なお、日本は、この間に広島出身の岸田文雄氏が首相となり、岸田首相は「核廃絶」を掲げるとされているが、 岸田政権も核の先制不使用宣言について懸念を示し続けている。
■日本の役割
この2カ月というもの、残念ながら国際政治の中で核兵器のウェートが上がってきている。ウクライナ侵攻直後、ロシアのプーチン大統領は、核戦力を含む軍の核抑止部隊に任務遂行のための高度な警戒態勢に移行するよう指示を出し、ウクライナに対して核兵器の使用をちらつかせる威嚇を行った。日本国内でも、これは被爆者らの怒りに火をつけ、広島・長崎をはじめとした各地で「核を二度と使うな」「核による威嚇も行うな」との声が上がっている。
他方、そのロシアの動きを見て、安倍晋三元首相から、アメリカの核兵器を同盟国で共有する「核共有」を日本でも議論すべきだという意見が出され、何人もの国会議員からこれに同調する声が続いた。岸田首相は、ただちに非核三原則を指摘してこの可能性を否定したものの、その後も議論は続いている。
もっとも、今、この瞬間も、米ロの核戦争、そして第三次世界大戦が始まりかねない現実を私たちは目の当たりにしている。今回のウクライナの惨劇からの教訓はいくつもあるが、そのうちの大きな一つは、戦争の開始を止める、あるいは、戦争になったときの被害を少しでも抑えるためには、核軍縮を含む軍縮が世界規模で行われなければならないということである。被爆国日本のなすべき役割は、核拡散につながる「核共有」の推進ではなく、核廃絶を掲げて国際社会に訴え、その道筋をつけるために世界をリードすることである。
■日米議員の共同書簡
核廃絶を現実のものに少しでも近づけるには、核の役割を低減する試みが重要である。
バイデン政権が、冒頭の「核の唯一の目的宣言は出しません」とのペラ1枚のリリースを発表したその数日後、日米の議員が連携して、これに明確に物申した。
4月1日、日米の議員が連携して、「米『核兵器先制不使用』宣言を支持する日米プログレッシブ議員連盟共同書簡」を日米政府に提出したのである。日本39人、アメリカ35人の議員によるこの書簡は、バイデン大統領と岸田首相に宛て、アメリカの核の先制不使用宣言を進めるよう求めている。日本側は、立憲民主党などの野党議員でつくる日本プログレッシブ議員連盟(会長:中川正春元文部科学大臣、以下、「プログレ議連」)に属する議員であり、米側も米プログレ議連(日本で「進歩派」と報じられるグループ)を中心に、バーニー・サンダース議員、エリザベス・ウォレン議員など大物議員が名を連ねている。
実はアメリカにおいても、核兵器の認識に変化が起きている。20年8月に公表されたNHKによる18~34歳の米国民約千人を対象にしたアンケート調査によれば、核兵器の必要性についての問いに対し、70%余りが「必要ない」と回答。先の書簡は、そうしたアメリカの世論を反映したものとも評価できるだろう。