研究・報告

破綻したイギリスの核燃料サイクル ―セラフィールド再処理工場の終焉と六ヶ所再処理工場の行方

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1970年代、イギリスは核燃料サイクル政策を掲げ、商業用の大型再処理工場・THORP(酸化ウラン燃料再処理工場)の新設計画に乗り出した。すでに同国内では軍民両用の再処理工場が稼働していたが、新しい工場が計画されたのは、日本やドイツなど自国の再処理能力が不十分だった国々の使用済み核燃料を引き受ける「再処理ビジネス」が狙いだった。しかし、THORPは高額な再処理代金などのため顧客を失っていき、収益が見込まれなくなったことから、2018年に操業を終えた。かつてはイギリスを含む多くの国々が、使用済み核燃料を再処理して取り出したプルトニウムを繰り返し利用する「核燃料サイクル」路線を政策としていたが、再処理に伴う財政リスクが露わとなり、ほとんどの国がその路線から撤退した。一方、日本政府は依然としてプルトニウム利用計画を推進し、電力会社に再処理事業を貫徹させるための拠出金を課すなど、世界の潮流に逆行している。

本稿ではイギリスの再処理政策と日本の核燃料サイクル政策の関係、再処理の経済性や人々の健康への影響などを浮き彫りにすることで、六ヶ所再処理工場の稼働開始を問い直してみたい。

イギリスの再処理政策

イギリスは戦前から原子力利用の研究開発に着手し、原子力先進国の一つとして、原子力産業の拡大を目指してきた。その一環として、同国は核兵器用のプルトニウム生産に適している天然ウランを燃料とするマグノックス炉を開発し、世界発の商業発電に成功した。そして1947年、イギリスは核兵器製造を目的に、北西部カンブリア県に再処理工場をはじめとする一連の核施設を設置した。

マグノックス炉の使用済み核燃料を再処理するための工場は、1964年に操業を開始した。イギリスはまた、マグノックス炉の後継として濃縮二酸化ウランを燃料とする改良型ガス冷却炉(AGR:Advanced Gas-cooled Reactor)も開発し、専用の再処理工場も開設したが、同工場は1973年に放射能漏洩事故を起こし、閉鎖された。

THORP再処理工場とイギリスが目論んだ「再処理ビジネス」

当時、イギリス以外にも日本、ドイツ、スウェーデン、スペイン、イタリア、スイスなども核燃料サイクルを方針に掲げていたが、自前の再処理工場の建設が進まず、原発から発生する使用済み核燃料の持って行き場に困っていた。これらの国々はアメリカが開発した濃縮二酸化ウランを燃料とする軽水炉を導入していた。そこでイギリスはAGRに加えて軽水炉の使用済み核燃料も処理できるTHORPを建設し、海外の電力会社から再処理を受託する「再処理ビジネス」を立ち上げた。一方、AGRを所有するイギリスの電力会社はコストが高くつく再処理には消極的であったため、THOPRの建設費の大半は、海外の電力会社がそれぞれの契約量に応じて支払った。そのうち日本の契約量は第一期委託分の約38%を占めるなど突出して大きく、そのためTHORPは「ジャパン・プラント」(日本の工場)と呼ばれたくらいである。

「ジャパン・プラント」の所以(ゆえん)とアメリカの圧力

これには日本国内の事情も大きく関係していた。政府は全量再処理の方針をとり、茨城県の東海村に再処理工場を設置したものの規模が小さく、日本の原発から出てくるすべての使用済み核燃料を再処理する能力はなかった。さらに核拡散を懸念するアメリカ政府の圧力により、東海再処理工場はなかなか運転を開始できなかったのである。そうした事情もあって、原発敷地内にある使用済み核燃料の冷却プールは貯蔵容量がひっ迫していた。

プールが満杯になってしまうと原子炉から使用済核燃料を取り出せず、新燃料を入れることができなくなり、発電を停止せざるを得なくなる。そこで、日本はイギリスとフランスに再処理を委託し、使用済核燃料を両国に搬出することで、原発の運転停止を回避したのである。こうして時間を稼ぎながら、その間に国内に大型の再処理工場(青森県の六ヶ所再処理工場)を建設する算段であった。

日本の再処理計画に対するアメリカ政府の圧力背景には、1974年にインドが行った核実験があった。アメリカもかつては核燃料サイクル政策を掲げていた。しかし、インドが核実験で使った核爆弾に民生用研究炉の使用済み核燃料を再処理して抽出されたプルトニウムが使用されていたことから、アメリカは自国の方針を転換しただけでなく、核燃料サイクル政策を推進する他の国々にも再処理からの撤退を迫ったのである。アメリカは日本にも政策の見直しを要求し、英仏への再処理委託についても難色を示した。日米原子力協定の下、日本の原子力政策はアメリカの影響を強く受けるが、日本は粘り強く交渉し、アメリカから再処理の承認を勝ち取ったのである。これは、日本が原発を停止することにでもなれば、それらに核燃料を供給していた米国原子力産業の利益が損なわれることも一因したと言えよう。

再処理に伴う財政リスク

1994年に運転を開始したTHORPは、2018年に閉鎖されるまでの25年間で、9カ国・30顧客(電力会社)と契約を結び、約9500トンの使用済燃料を再処理した。しかし、THORPは数多のトラブルや事故に見舞われ、建設費や操業費用は膨らみ続けた。その結果、年間処理量の平均は400トンと、当初目標とされていた1200 トンに遠く及ばず、「再処理ビジネス」の収益は想定をはるかに下回るものだった。その結果、THORPは残っている契約分の再処理を最後に操業を終えることが2012年に発表された。そして2018年、最後の再処理が行われ、廃止措置に入った。マグノックス炉用の再処理工場も閉鎖される予定だ。

イギリスは原子力開発に着手した当初から核燃料サイクルを方針とし、プルトニウムを燃料として使う高速増殖炉(FBR:Fast Breeder Reactor)計画を進め、50年代にスコットランド北端のドーンレイでFBR実験炉が、70年代には原型炉が運転に入った。さらに、高速増殖炉用の再処理工場も併設された。それらはいずれも、既に閉鎖されている。

THORP計画が立ち上がった70年代から現在までの間に、イギリスを含む多くの国々が高速増殖炉計画を断念し、使用済核燃料は直接処分する方針へと転換した。イギリス政府は今後、軽水炉を新設する予定だが、これらの使用済核燃料は再処理しない方針である。

セラフィールド核施設による放射能汚染

再処理によってもたらされた放射能汚染の問題にも触れておきたい。1963年から1990年の間、セラフィール核施設周辺では小児白血病が多発していたことが確認されている。その原因として、施設内にある核兵器用プルトニウム生産炉(すでに閉鎖)で1957年に発生した火災事故がまき散らした放射能や、再処理工場から放出された放射能の影響、放射能汚染された地元産の食べ物を摂取したことによる体内被ばく、各地から集まってきたセラフィールド核施設の労働者が持ち込んだウィルスなど、様々な可能性が検討されてきた。しかし、いまだ因果関係は明らかになっておらず、調査・研究が続いている。

再処理工場は原子力発電所よりずっと多くの種類の放射能を大量に放出する。イギリスの場合、かつて政府が定めていた放射性廃液の放出規制値が極めて緩かったこともあり、セラフィールド再処理工場から排出された放射能によって、アイリッシュ海から北海に及ぶ広い範囲が汚染された。アイルランド政府や北欧政府はイギリス政府に対し、「排出ゼロ、ないし工場閉鎖」を要求したほどだ。その後、規制値が強化されたこともあり、放出量は大きく低減されたが、問題は長寿命の放射能である。セラフィールド再処理工場から放出されたプルトニウムは、累計500キロ近くとされるが、それは外海に拡散されず、アイリッシュ海に留まっているという。実際、セラフィールド再処理工場周辺の海岸線では、プルトニウムが変化してできるアメリシウムが検出されており、こうした長寿命の放射性物質による汚染は、今後、何世紀にもわたって人々の健康を脅かすことになるであろう。イギリスの再処理に詳しい同国ジャーナリストのポール・ブラウン氏は、セラフィールド再処理工場周辺に残る高レベル放射性廃液、中レベルおよび低レベル放射性廃棄物を安全に処理するために、ひとつの産業が必要だと指摘している。

セラフィールド再処理工場の場合、通常の運転で放出された放射能が多かったために周辺環境が汚染されたが、六ヶ所再処理工場はそうはならないだろう、との見方もある。しかし福島原発事故がそうであるように、大事故が起きて大量の放射能がまき散らされる可能性は否定できない。

イギリスの余剰プルトニウム問題

イギリスは現在、約140トンもの民生用プルトニウムを抱えている。このうち、海外から再処理を委託されて抽出したプルトニウム(日本分の約21トンを含む)は委託国に返還される契約となっているが、残りのプルトニウムはどのように処分するのか。イギリスの高速増殖炉はすでに閉鎖されており、プルトニウムとウランを混合させたモックス燃料の利用もない。粉末状にしたプルトニウムをカルシウムやチタンと一緒に缶に入れ、高圧高温をかけてセラミック化させ、プルトニウムが分離できない状態で地層処分する方法なども提案されているが、具体的な処分方法の目途は立っていないという。イギリスは国際法上の核兵器国のため、大量の余剰プルトニウムを保有していても、日本ほど世界から厳しくみられることはない。それでもプルトニウムの継続的な保管にはコストもかかり、さまざまな危険と隣り合わせの状態が続くことになる。

日本の核燃料サイクル政策への警鐘

かつて多くの国々が核燃料サイクルの実現を目指していたが、コストの高さなどのために、イギリスをはじめ、ほとんどの国が撤退した。そんな中、日本政府は世界の潮流に逆行するように、依然として再処理とプルトニウム利用計画を推進している。財政リスクの高い再処理事業を電力会社が放り出さないよう、日本政府は2016年、電力会社に再処理を貫徹させるべく、拠出金を課す制度を導入した。

THORPの建設・運営費用の大半を海外顧客相手の再処理ビジネスで賄っていたイギリスと異なり、六ヶ所再処理工場の費用は日本の電力消費者が将来にわたって負担することになる。環境汚染や事故のリスクは、地元青森県に限られた問題ではない。それらに加え、プルトニウムは核兵器の材料であることから、非核保有国である日本が使途の定かでないプルトニウムを約45トン(2020年末現在)も保有していることに対して、国際社会は安全保障の観点から日本に厳しい目を注いでいる。また、再処理で発生する高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)の最終処分地も決まっていない。経済性の観点からは、再処理は直接処分に劣ることがすでに明白になっている。この状況で六ヶ所再処理工場を稼働すれば、日本政府は現世代と将来世代に大きな負担を強いるだけでなく、国際社会においてもさらなる軋轢を引き起こすのではないだろうか。六ヶ所再処理工場は2022年の運転開始が予定されている。その前に、英国の事例を踏まえ、日本の核燃料サイクル政策に伴うリスクの明確化と、多様な視点からの議論が求められよう。

(平野あつき/ひらのあつき)

 

【六ヶ所再処理工場の本格稼働に対する政策提言】

六ケ所再処理工場(青森県)は本格稼働に向けて準備が進められています。プルトニウムの使途が定かでないままに進められる日本の核燃料サイクル政策。新外交イニシアティブ(ND)・日米原子力エネルギープロジェクトは、この問題について、現段階における、より現実的な政策を提言しました。ぜひご覧ください。