研究・報告

衆院選2017~沖縄から問う 基地問題の当事者は誰か? ペリー元米国防長官証言を読み解く(屋良朝博)

ND評議員/元沖縄タイムス論説委員

北朝鮮情勢が緊迫する最中の総選挙なんて、国防、安全保障の最前線といわれる沖縄にとっては首をかしげたくなる政治空白だ。「抑止力のため米軍基地は必要だ」と沖縄にだけ力んで見せるが、実は緊張感がないのでは…。そんな虚構の中で沖縄の基地問題は漂うのだろう。

興味深いインタビュー記事が9月14日付沖縄タイムス、琉球新報の両紙に掲載された。普天間返還の日米合意に米国防長官として関与したウィリアム・ペリー氏がNHK番組の収録で沖縄を訪れていた。ペリー氏は、米軍基地の配置について「米国がここに移設しなさいと決定する権利はない」と断言。基地移転先を決めるのは安全保障の観点でも軍事的な理由でもないとして、米軍基地の配置を決めるのは日本政府の政治判断だと言い切った。

沖縄基地問題の当事者はいったい誰なのかという真相に迫る決定的な発言だ。

日本政府は沖縄の地理的優位性が海兵隊の運用にとって不可欠な要素であるため、海兵隊の航空部隊(普天間飛行場)を沖縄に配置する必要があると説明する。一般的に米国のアジア戦略と日米同盟の目的を掛け合わせ、その運用を最適化するために沖縄に基地を集中させていると思われている。あたかも海兵隊が沖縄の基地を必要としているかのように政府は説明してきたが、ペリー元国防長官の証言は真逆だ。基地をどこに置くかは受け入れ国の政治判断に過ぎないのだ。

まぁ、常識的に考えれば、米軍運用のため沖縄を差し出しなさい、と米国が日本に指図するわけがない。日米同盟は賛成、でも基地負担は嫌よ、という破廉恥な安保政策が沖縄問題の真相なのだろう。政府の説明はそれをカモフラージュするために「地理的優位性」「抑止力」といった検証不可能な用語を操っているに過ぎないことが、ペリー証言から浮かび上がる。

正しい情報かあるいはフェイク(偽)、デマなのかを見分けるには、「主語」が明確かをチェックすることだといわれる。沖縄に基地を集中させるのが米政府の意向なのかを確認する必要があるが、実は日本政府はこの問いから逃げている。

仲里利信衆院議員は今年6月に提出した質問主意書で、まさにその真相に迫ろうとした。「政府は、海兵隊は沖縄に駐留すべきだと主張している。この主張は海兵隊を運用する米政府の考えに基づくものなのか、それとも日本政府独自の判断や見解に基づくものなのか明らかにされたい」と問うた。沖縄に基地が必要だと主張するのはいったい誰なのかを明確にせよという質問だ。

ところが、同月20日付の政府答弁書にその答えは一切なかった。やや長いが「海兵隊の沖縄配置を決めるのは誰か」に対する回答を引用する。

“「沖縄は、米国本土、ハワイ等と比較して、東アジアの各地域に近い位置にあると同時に、我が国の周辺諸国との間に一定の距離をおいているという利点を有している。また、南西諸島のほぼ中央にあり、我が国のシーレーンに近いなど、安全保障上極めて重要な位置にある。こうした地理上の利点を有する沖縄に、司令部、陸上部隊、航空部隊及び後方支援部隊を統合した組織構造を有し、優れた機動性及び即応性により、幅広い任務に対応可能な米海兵隊が駐留することにより、種々の事態への迅速な対応が可能となっており、在沖縄米海兵隊は、抑止力の重要な要素の一つとして機能していると認識している」”

この文書には「主語」がない。誰の判断かを問うているのに、沖縄の地理的位置を説明し、海兵隊の組織と任務を大雑把に説明しただけだ。しかもわざわざ米本国やハワイと比べて沖縄は東アジアに近い優位性があると主張する。普通なら例えば鹿児島や熊本など近隣県と比べてどれほどの優位性があるかを明らかにするなら理解できよう。米本国やハワイと比べるなら、日本のどこでも地理的優位性があることになる。

フェイク、デマの見分け方として、主語が明確かという判断基準のほかに客観的データに基づく論述なのかをチェックする必要があるといわれている。主語がなく、客観性に欠ける政府答弁はまるで“怪文書”。フェイク、デマの類と判断せざるをえない。

さらに仲里氏の質問主意書は、県外移転の可能性を質(ただ)している。

政府答弁書は「在沖縄米海兵隊の沖縄県外への一括移転については、一般的には、沖縄ほどの地理的優位性が認められない、広大な土地の確保に多大な時間を要するといった問題点があるものと認識している」としている。

一般的な地理的優位性とは、太平洋の向こう側と比較するほどいい加減なのだから、まるで説得力がない。さらに「広大な土地の確保に時間がかかる」というが、広大とはいったいどれほどの面積なのか不明だし、国土面積のわずか0.6%の沖縄で確保できて、本土で確保できないなんてありえない。また、本土移転に「時間がかかる」というが、普天間飛行場の返還に合意した1996年から20年以上が経過している。

かつて政府系シンクタンク、総合開発研究機構(NIRA)が北海道苫小牧東部の産業開発地区を海兵隊基地として整備し、沖縄の大規模な負担軽減につなげようという計画書をまとめたことがある。結局、日の目を見ることなくこの構想は握りつぶされる。安全保障の負担を分かち合おうという発想がこの国にはないばかりか、基地配置が政治判断であるにもかかわらず、沖縄の過重負担を「地理」のせいにする。

ペリー氏が述べた真実と同じことを日本の元防衛大臣も証言したことがある。民主党政権で民間人として防衛大臣に登用された森本敏氏は2012年暮れの離任会見で、沖縄の海兵隊配置は軍事的な理由ではなく、政治的な判断であることを明言した(森本氏はその後、沖縄が軍事的にも最適だと自らの発言を修正している)。

日本政府の当局者として地理的優位性ではない本当の理由を明かしたのは森本氏が初だった。筆者は当時、この発言に触れたとき、ついに沖縄基地問題の真相が明かされると興奮したのだが、その考えは甘かった。国内メディアは森本発言にほとんど関心を示さず、政治家も沖縄問題そのものに関心がなかった。沖縄の基地問題はこの国にとって所与のものであり、既成事実をひっくり返すのが面倒なのだろう。

今回のペリー発言も本来なら政府の説明がデマであることを立証する内容なのだが、この情報は決して本土へ伝播しないため、政治的なインパクトを持ち得ない。真実よりも為政者が積み上げる既成事実が優先される。

おそらく今回の衆院選もあっという間に過ぎ去り、基地問題の真実が議論されることはないだろう。辺野古埋め立ての賛否は問われるだろうが、新滑走路を使う海兵隊の駐留をめぐる是非は議論されない。海兵隊が駐留するから普天間の代替施設として辺野古埋め立てが必要で、那覇軍港の浦添移転、高江ヘリパッド、倉庫群の沖縄市・読谷村への移転が必要になる。

特定の基地を狭い沖縄で並行移動する旧来の負担軽減策ではなく、施設を使う部隊そのものを動かせないかどうかを議論する方がよっぽど合理的なはずだが、それが選挙の争点にはならない。その理由は政治家が避けているか、あるいは議論を収斂(しゅうれん)できていないかのいずれかだろう。

沖縄タイムス9月24日付2面の連載「始動短期決戦2017衆院選」第5回は、政府与党の思惑を分析している。辺野古埋め立て承認の取り消し請求訴訟で翁長県政が敗訴したことで、政府は埋め立てもやむなしとする世論を広げたいところだ。自民党本部サイドは「仕方なく辺野古を認める県民に、自民党候補が現状をしっかり説明せず曖昧なことを言うほど見放され、票は減る」と発破をかけている。

政府答弁書のような内容を「しっかり説明」するならば、自公の与党候補は米本国やハワイより沖縄が東アジアに近いのだから辺野古埋め立てもやむを得ない、と有権者に訴えることになる。そんなまやかしの選挙を何度繰り返すのだろうか。ペリー氏が証言した真実を正面から受け止める覚悟が政治家にあるかどうかが問われるべきだ。

米軍に基地を提供するために、美しい辺野古の海を埋め立てる政策が唯一の選択肢であるはずがない。将来を見据えた解決策を政治の責任で提示し、有権者の信を問うてほしい。(続く)

こちらの記事は、2017年9月26日に「沖縄タイムスプラス」に掲載されています。

屋良朝博

フィリピン大学を卒業後、沖縄タイムス社入社。
92年から基地問題担当、東京支社を経て、論説委員、社会部長などを務めた。
2006年の米軍再編を取材するため、07年から1年間、ハワイ大学内の東西センターで客員研究員として在籍。
2012年6月に退社。現在、フリーランスライター。