研究・報告

衆院選2017~沖縄から問う タカ派が抱える「安保選挙」の矛盾(屋良朝博)

ND評議員/元沖縄タイムス論説委員

安倍晋三首相ら保守派の議論を聞くと、かつて太平洋戦争が終わっても東南アジアのジャングルにこもり逃亡を続けていた2人の元日本兵の姿を連想する。30年近くもグアム、フィリピンの山中にこもり、投降の呼びかけを拒否した。昔の上官が現地へ入り、任務終了を告げると、ようやく下山した。冷戦思考から抜け出せない日本の安保論議が旧日本兵の彷徨とだぶる。

集団的自衛権、安保関連法制、憲法改正―。小池百合子東京都知事が立ち上げた「希望の党」が定義する保守政治の条件らしい。小池知事は安倍首相と同じくタカ派に分類される。両者とも沖縄の普天間移転問題では辺野古埋め立てを推進する。安全保障問題がかつてなく際立つ選挙になりそうだ。

これまで民進党の安保政策は分かりにくかったが、今回の分裂で、リベラル派が「立憲民主党」を結成したため、安保での争点がクリアになった。近年はあまり耳にしない政治用語、「保守VSリベラル」の構図になってきた。

安保政策で保守は軍事力に依存する。これに対して、リベラルは軍事強化では緊張が高まり、かえって戦争を誘発すると考える。冷戦期には日米安保体制の軍事同盟をめぐり賛否に分かれた白黒論争が際限なく繰り返され、決着がつかないまま冷戦終結で議論が消滅した。

いま安倍首相は衆議院解散について、北朝鮮による核ミサイル開発の脅威を日本の「国難」と表現した。そして中国の軍事強化、海洋進出を念頭に、「近年、我が国を取り巻く安全保障環境が厳しくなった」というフレーズを連発する。安保法制、集団的自衛権、辺野古埋め立てであり、今回ついに憲法改正を公約に出してきた。敵がいなければ軍事は不要なため、保守派の安保論には仮想敵が不可欠である。専守防衛の自衛隊は「盾」、在日米軍が「矛」となって日本の安保政策が形成されてきた。

戦後、日米同盟が締結されてからこの形は変わっていない。冷戦が終わってからも基本的な枠組みは温存された。冷戦期も現在も在日米軍は日本をなんらかの敵から守ってくれる“守護神”として日本人の意識に浸透している。

ただ中国を仮想敵とするのは日本側の見方であり、米政府が同じ認識なのかどうかは分からない。北朝鮮問題でトランプ政権は中国と連携し、問題処理を進めようとしている。オバマ前大統領は2014年に東京で開かれた日米首脳会談で安倍首相に対し、「日中が対話や信頼醸成をせず事態がエスカレートするのは大きな過ちだ。中国の発展はこの地域の人々に恩恵をもたらす」と語り、安倍首相の過度な中国敵視をいさめている。

その前年、安倍首相が米側の再三の忠告に耳を貸さずに靖国神社を参拝したことで、米政府は「失望した」という厳しい言葉で非難した。その直後に米軍は予定されていた日米合同演習を数回、直前にキャンセルした。そのような事態を招いた首相はかつてなく、唯一の同盟国に失望される危機的状態を招いた。

米側がなぜそこまで強い態度に出たのかは詳らかではない。当時は尖閣問題をめぐり、日中関係が悪化していた。一方、米政府は2012年に中国を環太平洋軍事演習(RIMPAC)に招待、翌2013年4月の米比共同訓練に中国軍が初参加したほか、同年11月のフィリピン巨大台風で中国は病院船を派遣した。そして14年2月の米タイ共同訓練に中国軍が本格参加した。同年6月のRIMPACに中国が初参加し、中露が揃った。

中国を国際システムに関与させる神経質な作業が進められていた傍らで、安倍首相の靖国参拝が中国を怒らせ、安保上の危機をあおる身勝手な行動と米国は判断したのかもしれない。魚釣りで大物を狙っているすぐ横で石を水面に投げる友人がいたら腹立たしくなるものだ。

中国が今後、日米にとって敵対的になるのか、多様で開放的な国家に変わっていくのかを予想できる人はいない。ただ1970年代にソ連もなし得なかった改革開放路線に転換し経済発展を遂げ、社会全体が大きく変容し続けていることは事実だ。

沖縄を訪れる中国人観光客は増加の一途だ。米軍嘉手納基地の滑走路を眺望できる嘉手納道の駅も観光スポットとなっており、爆音を響かせて飛び立つF15戦闘機を中国人観光客らがスマホで撮影している。若いカップルは広大な嘉手納基地を背に仲良く自撮りしている。彼らが米軍を敵視しているようには見えない。

北中城村のライカムにそびえる西日本最大のショッピングモール。地元住民だけでなく観光客の姿も多く、中国語も多く聞こえる。ライカムは「琉球コマンド(Ryukyu Command)」を短く発音したもので、かつて沖縄を支配する米軍のトップ、高等弁務官がいた場所を指す言葉が、今も地名として残っている。中国人観光客と米軍家族が同じモールで買い物を楽しむ光景をかつてライカムに君臨した米軍司令官らは想像できただろうか。

特定秘密保護法、共謀罪、集団的自衛権、安保関連法制のいずれも「我が国を取り巻く安全保障環境が厳しくなった」という安倍首相のワンフレーズで強行されてきた。そしてこの選挙が終われば、憲法改正へと突き進むだろう。辺野古の埋め立て工事も止まらない。安倍流の安保観で日本は幸せになるのかどうか、真正面から向き合うべきテーマだ。後に振り返ると日本の分岐点となる選挙かもしれない。

こちらの記事は、2017年10月4日に「沖縄タイムスプラス」に掲載されています。

屋良朝博

フィリピン大学を卒業後、沖縄タイムス社入社。
92年から基地問題担当、東京支社を経て、論説委員、社会部長などを務めた。
2006年の米軍再編を取材するため、07年から1年間、ハワイ大学内の東西センターで客員研究員として在籍。
2012年6月に退社。現在、フリーランスライター。