アメリカのトランプ大統領によるアジア5カ国、日本、韓国、中国、ベトナム、フィリピンへの訪問が終わった。各国の首脳は、競い合うようにトランプ大統領を持ち上げ続けた。
日本では、大統領の長女でもあるイバンカ・トランプ補佐官の訪日に始まり、安倍総理と大統領とのゴルフなど、日米首脳の親睦を見せつけるかのようなイベントが続いた。中国では習近平国家主席が故宮で夕食会を開催し、京劇を上演するという破格の特別待遇によってトランプ氏を迎えた。
歓待に応えるかのように、トランプ大統領もアジア諸国との協力を強調した。日本訪問では中国への牽制(けんせい)ともとられるようなインド太平洋という言葉を用い、北朝鮮に対抗する必要を訴えながら、中国訪問では総額約28兆円の商談を成果として誇り、北朝鮮への経済制裁や対中貿易赤字について中国を圧迫するような表現は避けた。ベトナムで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)においてアメリカ第一を訴えて不均衡な通商を認めないと述べたのは数少ない例外である。
これはヨーロッパとはかなり違う構図である。今年春にトランプ大統領がヨーロッパ諸国を訪問した際には、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議ではNATO諸国の防衛支出が足りないと非難し、主要国首脳会議(サミット)でも気候変動に関するパリ協定についてアメリカだけが認めようとしなかった。
アジアとヨーロッパとの違いをどう考えればよいのだろうか。ヨーロッパではNATO諸国の多くがロシアを主要な仮想敵とするのに対し、トランプ政権はプーチン大統領との協力を重視してきた。また、各国の協力によってリベラルな国際秩序を保とうとする欧州連合(EU)諸国と違い、トランプ政権は米国第一の立場からパリ協定を含む国際合意からの脱却を辞さない姿勢を示した。すでにアメリカはパリ協定から離脱する一方、EU加盟国の一部はNATOと異なる防衛協力を進めようとしている。アメリカとヨーロッパ諸国との隔たりはこれまでになく明らかになった。
アジア諸国とアメリカとの間の距離も開いている。これまでトランプ大統領は、防衛負担が足りないと日本を始めとするアメリカの同盟国を非難し、また北朝鮮に圧力を加えるべきだとか人民元を為替操作して貿易を操っているなどと中国政府を非難してきたからだ。
だが、アジア諸国の選んだアプローチは、アメリカに対抗することではなく、懐柔であった。なにをするかわからない相手だからこそ、懐に飛び込むようにトランプ氏を歓待し、また歓待を受けたトランプ氏はアジア各国の支度した振り付けに従うかのように友好関係を演出したのである。トランプ政権とアジア諸国との蜜月がこうして生まれた。
アジア諸国がアメリカを懐柔するのは、そのアメリカの力を恐れているからだ。私たちはともすれば大国の覇権が各国の自立と対抗関係にあると思いがちになるが、それは正確ではない。大国による干渉を最低限度にとどめ、各国の自立が保持される限りにおいては、大国の覇権を受け入れることはむしろ合理的な行動と考えてよい。
トランプ政権のアメリカが米国第一の行動に訴えるならば、貿易秩序も同盟も著しく不安定になることは避けられない。自国がアメリカの対外政策の標的とならないように、日本、中国、さらに東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国がトランプ政権に接近したのである。
では、アメリカとアジア諸国との蜜月は今後も続くのか。ここで注目されるのが、環太平洋経済連携協定(TPP)だ。トランプ大統領を歓待する一方で、アメリカを除くTPP参加11カ国は、新協定の原則合意にこぎつけた。アメリカがTPP交渉から脱退しても貿易秩序が不安定とならないよう、先手を打ったのである。首脳外交では対米関係の安定を確認しつつ、トランプ政権という予測不可能なリスクをヘッジするためにとられた行動である。
トランプ大統領を歓待するアジア諸国と、トランプ政権との距離を隠そうとしないヨーロッパ諸国との違いは大きいが、トランプ政権が国際関係に不安定をもたらしかねないという認識は両者に共通している。違いがあるとすれば、正面からアメリカとの違いに向き合うか、覇権を認めつつ面従腹背を続けるかの一点である。
覇権国としてのアメリカを神輿(みこし)のように担ぎながら、神輿の下では独自の連携を試みる。トランプ政権のもとでアメリカの落日が始まろうとしている。