米国のトランプ大統領は5月9日、イラン核合意から離脱し、イランに対して最大級の経済制裁を行うと発表した。合意はオバマ政権下の米国と英仏独中ロの6カ国が、イランと3年前に結んだ国際社会の約束事だったが、それをほごにしたことで、再び中東情勢が不安定化するリスクが生じた。日本も「対岸の火事」ではないと猿田佐世弁護士は警告する。
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トランプ米大統領が、「イラン核合意」から離脱すると発表しました。イランは現時点では合意にとどまると表明したものの、無制限のウラン濃縮活動を再開できるようにするとしています。中東地域で「核拡散のドミノ」を呼び起こしかねない事態です。
中東での核開発問題は、日本からは遠い出来事のようにも感じられます。しかし、この中東の「核拡散のドミノ」を日本が一部後押ししてしまっている、と聞いたら、日本の多くの方々は驚かれるでしょうか。
原発の開発を行う多くの国は、アメリカからの資材・技術の移転を行うために、アメリカと原子力協定を結んで、その協定に定められている条件に従って原発の開発を行います。アメリカは、各国と協定を結ぶ際、核不拡散の観点からの制限をかけながら協定を結びます。
現在20以上の国と原子力協定を結んでいるアメリカですが、2009年にアラブ首長国連邦(UAE)との間で結んだ協定が「ゴールド・スタンダード」とされ、他国と協定を結ぶ際に理想とするモデルとなってきました。この米UAE協定においては、核兵器の原料となる濃縮ウランやプルトニウムを生み出す「ウラン濃縮」と「使用済み核燃料の再処理」の両方が禁止されているからです。その両方が行われなければ、ある国が原発を開発したとしても、核兵器が拡散する危険は相当程度低いものになります。
しかし、「核拡散のドミノ」の中で、この「ゴールド・スタンダード」が揺らいでいます。特に世界の火薬庫となっている中東でさらに危険な核競争が始まりかねない状況となっています。
イラクの核開発の可能性が騒がれる中で、中東でイラクとの覇権争いをしているサウジアラビアが、イランの状況をにらみながら自らもその可能性を模索していると言われています。
現在、サウジアラビアは、アメリカとの原子力協定の交渉を本格化させていますが、その交渉の中で、ウラン濃縮や再処理を禁止したいアメリカに対して、否定的な態度をとり続けてきました。米議会などからは核拡散につながるような原子力協定には強い懸念が示されてきましたが、この3月、サウジのムハンマド皇太子は、「イランが核兵器を開発すれば、サウジはすぐに追随する」との発言をしました。これを受け、ある米議員からは、直ちに「皇太子は、サウジが原子力を求めるのは、電力ではなく、地政学上の力のため(注:安全保障のため、との意味)だとの疑念を認めた」との声明が出されています。
今回の米国のイラン核合意離脱に対しては世界の多くの国が批判的ですが、イスラエルとともにサウジも離脱を支持しています。
そのサウジが、名指しするのが日本です。
日本は、日米原子力協定で、再処理とウラン濃縮の権限をアメリカから認められています。これは非核国では唯一です。米政府当局は、サウジから「日本に認めてどうしてサウジには認めないのか」と日本を名指しで指摘され、頭を抱えています。
もっとも、日本が再処理やウラン濃縮を認められていることを他国に指摘されるのは、サウジが初めてではありません。
お隣の国、韓国も、日本が認められているのになぜ韓国はダメなのか、とアメリカへ強力な交渉を続け、2015年、乾式再処理の研究開発実施をアメリカに認めさせています。
現在、日本は、再処理により取り出したプルトニウムを47トン(核弾頭6000発分)も保有していますが、これについても多くの国から批判されてきました。アメリカの政府関係者等からも常に懸念が示され続けており、本年2月には、米議会で、日米原子力協定については改定交渉すべきではないかという質問までも飛び出しています。
核拡散に比較的厳しい態度で臨んでいたオバマ政権に比べて、トランプ大統領は、アメリカ国内で衰退の一途をたどっている原子力産業のてこ入れに、と、サウジが核不拡散のための厳しい条件を飲まなくても米サウジ原子力協定を結ぶのではないかとも言われています。
しかし、アメリカがサウジにウラン濃縮や再処理の権限を認める場合には、その決定が世界の核不拡散に与える影響は極めて大きなものとなります。
例えば、「ゴールド・スタンダード」とされている米UAE協定は、UAEが中東における最恵国待遇を受けるという条件で結ばれているため、サウジに再処理やウラン濃縮の権利が認められた場合には、UAEは「我こそも」と言うことができるようになります。UAEがそれを言い出した時点で、目指すべき基準であった「ゴールド・スタンダード」は崩壊に至ります。
そうなれば、世界の核不拡散体制は一気に弱体化していきます。
そんな可能性をはらむ極めて危うい状況の中で、日本は「日本が認められているのであれば我も」と指摘を受ける使用済み燃料の再処理に固執し続けて、プルトニウムを蓄積し続けてきました。
日本に再処理を許してきた日米原子力協定は締結から30年の期間を経過し、今年7月に満期を迎えます。日米双方から改定の申し出がなかったために、現時点では協定の自動延長が決まっていますが、これからはいつでも改定ができるようになります。日本に経済的利益ももたらさず、世界の不拡散体制を脅かすこの再処理や核燃サイクルを、日本は一度立ち止まって見直すべきです。
(Aera.dot 5/14)