アメリカの首都ワシントンへの留学を機にアメリカ政府・議会等に対するロビー活動(ロビイング)を始めてから7年が経った。基地建設に反対する沖縄の声をワシントンに伝える活動から筆者を知る方がいるかもしれない。留学中、ワシントンで感じた日米外交は、「限られた一部の人々によるもの」であり、日本に存在する多様な声は議論に反映されていなかった。
筆者のワシントン在住時に、日本で民主党への政権交代が起こり(2009年)、鳩山由紀夫首相が「普天間基地の移設は、最低でも(沖縄)県外」と打ち出した。鳩山首相のみならず、日本でのいくつもの世論調査において、辺野古の新基地建設には反対が過半数との結果が出ている。
しかし、鳩山首相の提案に、日本の既得権益層は反発した。外務省を中心とする日本の政府関係者は、鳩山首相の辺野古新基地建設反対の声を積極的にアメリカに伝えようとはしなかった。その他、辺野古新基地建設に反対する声をアメリカに届ける日本人はワシントンにはいなかった。「ワシントンにおける日本」の一面性に大きな衝撃を受けた。
日本で感じる「アメリカの声」と現実のギャップ
ワシントンの実情を体感し、盛り上がる沖縄の辺野古新基地建設反対運動を背景に、筆者は、ワシントンでロビイングを始めた。ロビイングとは、政策を実現すべく政府や議員等に働きかける活動である。
政府・連邦議会関係者と面談をし、沖縄の声を伝える。多くの人に会えば会うほど、アメリカでは皆この問題について関心がなく、知識もないことを実感することになった。また、日本では、「アメリカは一枚岩で辺野古新基地建設を求めている」というイメージが強いと思われるが、この問題についてのアメリカの人々の意見が様々であるということも知ることになった。一般の人に限らず、アメリカの対日政策に影響を与えうる存在の人たちの間にも、多様な意見があった。
初ロビイングで、連邦議会下院における外交委員会のアジア太平洋小委員会の委員長から「沖縄の人口は2000人か」と聞かれたことは一生忘れないだろう。同小委は下院外交委員会において沖縄問題を管轄する委員会である。
日本で“日米同盟の守護神”とも評されるリチャード・アーミテージ元国務副長官の口から、「辺野古以外の選択肢の検討が必要だ」との発言を聞いたときには、「アメリカの声」っていったい何だろう、と感じざるを得なかった。
アメリカに働きかける
ワシントンでのロビイングを続けるうちに、沖縄の方々や日本の国会議員の方々から声をかけていただき、アメリカに自らの声を伝えたい方々の補佐をするようになった。稲嶺進名護市長の訪米や、翁長雄志沖縄県知事の訪米に随行する「オール沖縄」訪米団の訪米活動を企画・同行してきた。取り扱うテーマも原発、TPPなどに広がっていった。
一人での取り組みに限界を感じ、多くの方のご協力を得ながら、シンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」を設立し、団体としての取り組みを開始したのが2013年である。
ロビイングを重ねるごとに、「日本の問題をアメリカで伝えるには様々な工夫が必要である」と実感するようになる。
例えば、辺野古新基地反対を政府・連邦議会で訴える場合には、「軍事的観点からも辺野古の新基地が不要であることを説明する」ということを意識しなければならない。
ワシントンで政策決定に直接間接に影響力を持つ人々は、この問題に関しての認識の程度で、大きく二つに分かれる。一つは知日派と呼ばれる日本専門家であり、この問題についてそれなりの知識を持つ人々である。このような人々は多く見積もっても30人もいないだろう。それ以外の人々は、沖縄についてほとんど何も知らず、沖縄の位置から地図を示して説明しなければならない場合も多い。
もっとも、そのいずれに訴えるにしても、軍事的視点を踏まえた議論は必要である。
例えば、この2月に行われた「オール沖縄会議」の訪米ロビー活動は連邦議会関係者が重要な働きかけの対象であったが、彼らの多くは沖縄についての知識をほとんど持たない人たちである。多くの面談において、「反対はわかったが、海兵隊をどうすればよいのか」との質問が頻出し、軍事的説明が要求された。
他方、知日派たちは、既にこの問題についての一定の知識があり、自らの立場をほぼ固めている。彼らは、ほぼ例外なくこの問題を軍事的にとらえており、「台頭する中国の抑止」「アメリカの軍事戦略における在沖海兵隊の役割」という視点からその要否を考えている。ある知日派に、「これまで日本から具体的解決案が出されたことはあるのか」と問われたこともある。
具体的提言を行う
環境や人権、民主主義の視点からの反対を伝えることはその基本であり極めて重要である。この訴えなくして、物事を変えていくことは難しい。もっとも、軍の存在が圧倒的に大きいアメリカにおいて、軍事的な視点を踏まえた説明ができなければ、話がそこから先に進まないという現実もある。答えられなければ面談相手を行動に移させることもできない。
このロビー活動の経験をきっかけに、NDでは「辺野古オルタナティブ・プロジェクト」を立ち上げ、軍事的な視点を踏まえて辺野古新基地の要否を検討する研究を行った。日本の軍事・防衛の専門家が集まり、海兵隊の運用を中心に検討を進めた。報告書草案を手に、ワシントンも訪問し、アメリカの軍事専門家や元海兵隊の研究者などにも意見を聞いた。
3年間の議論の末、NDではこの2月末に、報告書「今こそ辺野古に代わる選択を」を発表した。「新ローテーション方式」ともいえるこの政策提言は、沖縄を起点として東南アジアを一年を通じてローテーションしている海兵隊の現在の運用を、沖縄以外の地をベースとしたローテーションに変える提案である。「辺野古が普天間移設の唯一の選択肢」とする日米両政府の見解に軍事的視点から否を突きつける報告書である。(詳細はNDのウェブサイト全文掲載)
外交と民主主義
「外交」という制度は極めて古典的であり、「各国政府」以外にその当事者性を認めない。国連などの場では、NGOなども意見表明の機会を認められることが多くなってきたが、特にバイ(2カ国間)の外交においては、政府以外の関与は極めて限られたものとなっている。
経済から、教育、福祉の分野に至るまで、社会のありとあらゆる分野においては、政府以外の存在が時に政府以上に重要な役割を果たしながら、具体的な問題の解決に取り組んでいるのと比べ、外交の閉鎖性は顕著である。
しかし、外交に関わる問題は、例えば、憲法改正、安保法制、原発等、日本の国の在り方を決める重要な問題であることも多い。さらに、これらのテーマについての政府の方針と、世論調査の結果が乖離することも極めて多いのが現状である。したがって、この閉鎖的な「外交」という場に、社会に存在する様々な声を反映していくことは民主主義の実現として極めて重要である。
NDでは、上記した辺野古の新基地建設問題等、様々な、具体的な外交に関わる問題について提言活動を行っている。また、筆者は、本連載を通じてもその時々の問題について新しい視点を提示していきたい。日本にある様々な声が外交に反映されるためのきっかけづくりの一端を担えれば、これほどうれしいことはない。
(集英社「情報・知識&オピニオン imidas」猿田佐世連載「新しい外交を切り拓く」第1回 2017年4月5日)