2017年1月20日、ついにドナルド・トランプ大統領の時代に突入した。日本は従来通りの「対米従属」を続けるべきなのか。『新しい日米外交を切り拓く』(集英社クリエイティブ)の著者で、アメリカ議会へのロビイング活動などを行う猿田佐世氏が、「アメリカ一辺倒」の日本の外交政策を問い直す。
トランプ氏に必死にアピールする日本政府
トランプ政権が始動した。選挙戦に引き続き就任式でも、「アメリカ第一」を強調し、分断したアメリカをまとめるような姿勢は見られず、覇権国としての理念を謳って世界に模範を示すような発言もなされなかった。
同盟における負担が少ないと日本批判を繰り返し、駐留経費を全額支払わなければ在日米軍は撤退、TPP脱退、日本の核兵器保有は容認、と発言してきたトランプ氏の当選に、日本の受けた衝撃は相当なものであった。
国の政策の背骨ともいえる日米同盟を、得体の知れないトランプ氏に任せねばならなくなり、動揺する日本政府は、日米外交の既定路線へとトランプ氏が路線変更するよう、選挙結果が出てから今日まで、必死に働きかけを続けている。
選挙直後、安倍首相がトランプタワーに飛んでいき、トランプ氏自身に既存の日米同盟は素晴らしいと訴えた。これは、氏本人のみならず、世界の人々や日本の人々に、「今後も変わらない強固な日米関係」をアピールするものでもあった。日本メディアの多くはこの緊急会談を評価したが、CNNは会談の画像などをメディアにばらまく日本政府を揶揄して「日本政府のプロパガンダ」と報じた。
オバマ大統領との真珠湾訪問も、訪問自体は評価すべきことであるとはいえ、日米を「歴史にまれな、深く、強く結ばれた同盟国」と強調し、トランプ氏へ「こんなに素晴らしい日米関係なのだから維持すべきだ」とアピールする強い意図を含んだものであった。
2月にも安倍首相が訪米し、強固な日米同盟を内外に改めてアピールすると報じられている。
トランプ氏に対して使われる「逆拡声器」
安全保障についても経済についてもその政策の全ての中心に日米外交を位置づけてきた安倍首相や日本政府にとっては、既存の日米関係が変わってしまっては困る。
また、アメリカ側の「知日派」と言われる対日外交に影響を及ぼしてきた日本専門家などにとっても、これまでの日米関係の継続が極めて望ましい。選挙中のトランプ陣営には、既存の知日派が全く入っていなかった。選挙期間中から現在まで、彼らは、トランプ氏について「(外交・安全保障の)問題を学びたいと思っているようにも見えない(リチャード・アーミテージ氏、朝日新聞2016年6月17日)」などと批判し、是正を働きかけてきた。のみならず、日本政府やメディアを介しての批判も続けてきた。
現在、日本政府は、これらの発言を追い風に、さらに意を強くしてトランプ氏に働きかけを行っている。これは一面では、「アメリカに端を発し、日本政府を介したトランプ氏への働きかけ」という要素を持つものである。知日派の一人、ジョセフ・ナイ氏は、選挙直後のトランプ・安倍会談に際し、「日米同盟の重要性における点で心強い」と安倍首相にエールを送っている。
筆者は、日米外交のシステムを研究してきた。日本政府が、「アメリカの声」を巧みに利用して日本の世論への働きかけを行い、日本で自らの望む政策を実現する、という点にもっとも着目している。「安保法制賛成」「原発再稼働賛成」などとワシントンの知日派などの人々に発言をしてもらい、その声を日本メディアに大きく報じさせることで、日本の世論に強い影響を与える現象を、筆者は「ワシントンの拡声器効果」と呼ぶ。
しかし、今回の現象は、アメリカからの声をも受けた形で日本政府がトランプ氏に働きかけるという「逆拡声器効果」とも言えるものである。もし、これまで深いつきあいがあった知日派がトランプ氏をここまで批判していなかったら、日本政府が今のようなアプローチをとっていただろうか。
振り返れば、民主党・鳩山由紀夫政権時代に、鳩山政権の政策変更を求めて、日本政府は「アメリカから鳩山政権に働きかけてほしい」との旨、アメリカの議会関係者などに伝えていた。いわば、今回はその逆パターンである。
既得権益層であるエスタブリッシュメントは、自国において選挙などで状況が変化すると、他国のエスタブリッシュメントと連携して自国に対する圧力を作り出し、自国における新しい動きを封じ込めようとする。これはアメリカでも日本でも同じである。
既存の日米外交はそこまで素晴らしいものであったのか
しかし、改めてここで考えてみたい。
今までの日米外交はそれほどまでに良いものであったのか。
筆者は、トランプ氏の発言の多くには当然ながら全く賛成しない。差別発言を含む多くの暴言はもちろん、外交に関する多くの無理解に基づく発言や不合理な発言、また、強硬な政策の多くは受け入れられるものではない。多くの人がトランプ氏の外交方針に懸念を抱き、不安を持っているが、私も同じように感じている。
しかし、そのことは、今までの日米外交がベストの状態にあるということを意味しない。
米軍基地に苦しむ沖縄の現状や中国・韓国との関係がいつまでも不安定な状況にあることを例にあげるだけでも、これまでの「アメリカ一辺倒」が全ての中心に来る日本の外交政策に多くの問題が含まれていることは明らかである。
その意味で言えば、このトランプ氏の大統領就任は、日本の我々が「対米従属」だけを判断指針にすることができずに、自らの頭で外交・安全保障について考えなければならなくなった戦後初めての機会とも言える。これまではあまりに対米従属という指針が強すぎ、自主的な判断が阻害されていた。
このトランプ氏による激震は、アメリカとの関係を客観的に振り返りながら、真に日本のためになる政策はどのようなものであるかを、私たち日本の一人一人が国を挙げて議論をするきっかけになりうるタイミングなのである。
また、トランプ政権は日本に、より多くの軍事的貢献を求めるであろうと言われている。この要求を追い風に、安倍政権は日本のさらなる軍事力強化に舵を切るだろう。保守派の論陣には、アメリカとの同盟を「深化」させながら、オーストラリア、インド、東南アジア諸国との関係を軍事的にも強化すべきといった議論も見られる。日本の防衛予算を増加せよとの研究機関からの報告書も発表された。しかし、軍事力による中国包囲網を形成し、さらなる対立構造を作り出すことが、このアジア太平洋地域の平和と安定につながるだろうか。
先に記したとおりエスタブリッシュメント(既得権益層)と各国の一般市民とでは、必ずしも利害が一致しないこともあり、そのような場面が目立ちはじめている。
この激震を受け、外交・安保についてどのような解を日本が持ちうるのか、広く国民的な議論が必要である。
(集英社「情報・知識&オピニオン imidas」猿田佐世「トランプ大統領就任の激震-日本全体で外交・安保政策について考える契機に」2017年1月26日)