米軍機が怖くて校庭を使えないなんて、なんともひどい話だ。先月、普天間飛行場所属の海兵隊ヘリから窓枠が落下した宜野湾市立普天間第二小学校では事故以来、校庭から児童の笑い声が消えた。ほかにも民間地でヘリの不時着が相次ぐが、米軍は「安全な場所に降ろす措置に満足だ」(ハリス米太平洋軍司令官)と認識そのものがかみ合わない。沖縄での基地提供はもはや破綻している。
普天間を使う海兵隊は、学校上空を最大限飛ばさないと約束したが、同飛行場周辺は小中高校や大学、保育園など120の公共施設に囲まれている(1月13日付沖縄タイムス)。最大限飛ばさないのは不可能だろう。政府は危険だから名護市辺野古で代替施設の建設を急ぐ、というのだが、移設には最短9年はかかるとみられている。今年小学校に入学する子供が中学を卒業するまで危険は放置されることになる。
これは防衛施設行政の瑕疵だ。
米国で普天間のような状況が発生した場合、行政はまったく違う対応をとるだろう。日本のように「危険を知りつつ接近したのは住民側だ」(危険への接近)という不条理な考え方はしない。米国では軍用の飛行場であっても周辺で住宅開発、都市化が進むと、飛行場として使えなくなるからだ。筆者がそのことを知ったのは、何年も前に米アリゾナ州を旅した際、立ち寄った売店でふと目にした地元紙の記事がきっかけだった。
「ルーク空軍飛行場のファンが開発と戦う」の見出しで、書き出しはこうだ。「空軍の人たちはF16戦闘機の轟音を“自由の音”と呼ぶ。しかしルーク空軍基地では周辺で住宅開発が進み、飛行場に近接してきたため、“自由の音”は止み、静かになりそうだ」
騒音問題が深刻になっており、このままではルーク飛行場は閉鎖されるとの懸念を地元は強めている、ということ。基地がもたらす経済的な恩恵を失うという危機感だ。このため滑走路を中心に騒音レベルが65デシベルまでの範囲を農業用地として保全する取り組みを地元行政は検討している、と記事は報じていた(2000年12月26日付、アリゾナリパブリック)。
ルーク飛行場は現在、最新鋭F35戦闘機140機あまりを擁する空軍最大の訓練飛行場で、毎年何百人ものパイロットを養成している。同飛行場に基地周辺の開発問題についてメールで問い合わせてみた。「開発業者や住宅建設を検討している個人に対して騒音についての情報提供に力を入れている。特に騒音レベルが65デシベルの範囲、進入路に当たる滑走路の両端周辺で注意を促している」との答えが返ってきた。また騒音・安全対策として、戦闘機は航空局が定めたルートを飛び、飛行の9割は居住区から離れた地域に限定しているという。
米国で騒音対策の基準とされる65デシベルは、嘉手納基地や普天間と比べると夢のような環境だ。60デシベル台は「うるさい」と感じるレベルと規定されるが、時速40キロで走行する車内、チャイム程度の音だという。
米国では軍用飛行場であっても近隣で住宅地が形成され、騒音問題が生じると飛行場は閉鎖され、別の場所へ移転させる措置をとる。ルークの取り組みは住民本位の防衛施設行政のあり方を教えてくれる。
滑走路両端の空間は離着陸時の危険を回避するため、本来ならクリアゾーンとして開発が禁止されるが、普天間はそのゾーンにも住宅地が密集し滑走路からわずか160メートルしか離れていない場所に民家がある。ルークの例から推し量ると米国ではこのような環境で軍事飛行場を運用することはあり得ない。
翁長雄志沖縄県知事は海兵隊のヘリ、オスプレイの墜落、不時着が相次ぐ事態について、「日本政府は当事者能力のなさを恥じるべきだ」と激しく抗議した。仮に日本政府に当事者能力があったとしたら、選択可能な対応策とはいったい何だろうか。そう考えると“原因者”の姿が浮き上がってくる。
「世界一危険な飛行場」という代名詞が付いた普天間飛行場。危険性を認識しながら使用を継続することは本来あってはならない。例えば、この電車は危険だ、と鉄道会社が認識しながら運行を続けることはしない。日米両政府は即刻普天間の使用を止めて、危険を取り除くのが当たり前なのだが、そんな常識も通用しないのが沖縄の現状だ。
この不条理に対し、米軍飛行場周辺の住民はこれまで、騒音訴訟で被害賠償と米軍機の飛行差し止めを求めてきた。裁判所は賠償を認めるが、飛行差し止めは米軍の運用に裁判権が及ばないとする「第三者行為論」によって請求を退けている。
ここは目先を変えて、危険性を承知で米軍に普天間を提供している防衛施設行政の瑕疵を問うという攻め手はどうだろうか。子供たちが校庭を使えない状態に追いやる防衛施設行政の瑕疵を是正するため、普天間の提供停止を求める訴訟を起こすのだ。訴えの相手が日本政府なので「第三者行為論」は除外できよう。
基地問題に詳しい弁護士に問い合わせると、米軍への施設提供という行政行為が連続していることに着目し、その結果として米軍が滑走路を使用しているのだから日本側の行政瑕疵を是正させる訴訟が成り立つのではないか、という意見だった。別の弁護士も、危険を生じさせる主体は米軍だから日本の裁判所が裁くには難しい問題はあるが、理屈を立てることは可能ではないだろうか、との見立てだった。
そもそも論で言うと、米国は日米安保条約に基づいて軍隊を派遣し、日本は必要な施設を提供している。国土面積の0.6%しかない狭隘(きょうあい)な沖縄に在日米軍の7割を集中させているのは日本政府である。相次ぐ不時着騒ぎで再発防止を求めた小野寺防衛大臣にハリス太平世軍司令官が「人がいない砂浜に着陸できた」と冷淡に返答したのも、もしかすると腹の中では「沖縄に押し込めているのはお前だろう」と言いたかったのだろうか。狭い中でパイロットは懸命に人身被害のない措置を講じた、とハリス司令官は主張したいのだろうか。米軍を取材すると、日本政府が提供するから使っているに過ぎない、という言い方をよく聞く。
日本政府は従来、沖縄の地理的優位性を強調し、海兵隊は沖縄に配備するほかない、と主張している。しかし、米側はそんなことは言わない。なぜなら軍隊の派遣国が「沖縄で基地を差し出しなさい」と要求すると、それは主権侵害になり、軍事占領になってしまうからだ。しかも海兵隊が移動に使う艦艇は長崎県佐世保にあるのだから、いかに沖縄が地理的な優位性を有していても、海兵隊の運用にはまったく関係ない。
辺野古への移設が完了する向こう9年間もの長期にわたり、危険な普天間を米軍に提供し続ける防衛施設行政は是正されるべきだ。宜野湾市民を中心に普天間の提供停止を政府に求める訴えを起こしてはどうだろうか。政府は瑕疵を認めないはずだから、裁判になる。
四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止め訴訟で先月、広島高裁が運転差し止めを命じた判決は参考になる。高裁は伊方原発から約130キロ離れた阿蘇カルデラの噴火の危険性を指摘し、「9万年前の最大噴火で火砕流が到達する可能性が十分小さいとは評価できない」などとして、伊方での原発立地は不適格で、火山灰の安全対策も不十分と断じた。
校舎をかすめるように飛行するヘリコプターが墜落したり、なんらかの危害を児童や住民に及ぼしたりする事故が起こる可能性は、9万年前の大噴火よりも高いように思える。現状では事故が発生する蓋然(がいぜん)性がずっと高い普天間の継続使用は常識ではあり得ないのだ。