米中関係が緊張している。アジア太平洋地域の21カ国・地域を集めてパプアニューギニアで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議は、1993年の第1回会議以来初めて首脳宣言を採択することなく、11月18日に閉幕した。首脳宣言に至らなかった理由は通商政策を巡る米中両国の対立であったと伝えられている。
通商ばかりではない。10月4日、APEC首脳会議のおよそ1カ月半前にアメリカのマイク・ペンス副大統領はハドソン研究所で演説を行い、中国との貿易赤字、アメリカの優位を脅かす軍事行動、さらに100万人のウイグル族投獄を始めとする迫害などを指弾した。貿易赤字や人民解放軍の軍事示威への反発はオバマ政権から続いてきたが、このような中国との全面的対決はこれまでに見られなかったものだ。
対中強硬姿勢を歓迎する人もいるらしい。オバマ政権はアジア政策の重心を移すといいつつ、これまでの関与政策、エンゲージメントポリシーの枠を出ることはなかった。オバマ政権の対中政策への反発から、トランプ政権は日米同盟を強化し、対中強硬政策に向かってほしいという期待が生まれる。このような期待を持つ人たちにとって、ペンス副大統領の発言は、中国にタフなアメリカという夢をかなえるものにほかならない。
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他方、経済に注目すれば、米中の貿易紛争がエスカレートすることによって世界貿易全体に影響が与えられる危険がある。APEC首脳会議に出席した安倍首相が世界的な貿易制限措置の応酬に懸念を表明したのも、その危険の表明といっていい。軍事ではタフなアメリカを喜びながら通商貿易では紛争拡大を恐れるという引き裂かれた対応がここに生まれる。
中国との貿易赤字も軍事力の示威も認められないというアメリカの主張には根拠がある。関与政策の前提は、欧米諸国との関係を強化するなかで経済が発展すれば中国の政治経済が緩やかに変容し、欧米諸国と類似した体制に変わってゆくという期待であった。その期待は裏切られ、軍事的にも経済的にも台頭した中国が東アジアばかりでなくグローバルな規模でもアメリカと覇権を争う地位に就こうとしている。強硬政策の前提は、これまでの関与政策の失敗である。
新興大国の台頭を前に対抗を強めるなら、新興大国を取り巻く同盟と国際貿易体制を強化することが必要になる。これまで国務省や国防総省は、アメリカは同盟国の安全にコミットしている、自由貿易体制を揺るがす意思はないなどの発言を繰り返してきた。価値観を共有する諸国との絆を訴えたペンス副大統領の演説もその一環である。
だが、トランプ大統領は少し違う。中国ばかりでなく日本やEU諸国に対しても貿易制裁を加え、西側同盟諸国の防衛費の急増を求め、中国と友好国の双方に圧力をかけているからだ。アメリカの利益を擁護するためには中国ばかりでなく友好国との紛争も辞さないのである。
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安倍首相は、政権が発足する前からトランプ氏との会談を繰り返し、トランプ氏も安倍首相への信頼を述べてきた。とはいえ、トランプ大統領は懐に飛び込んだからといって望みを叶(かな)えてくれる人ではない。北朝鮮への最大限の圧力を加えるという政策に協力した日本の頭越しに米朝首脳会談が行われた。米中間ばかりでなく日米間に対しても貿易制限が行われた。トランプ政権のもとのアメリカは、日本の信頼できる覇権国ではない。
貿易制限を加えられている点では日本と同じとはいえ、中国も日本が長期的に信頼できる相手ではない。経済においてグローバリズムを掲げる習近平体制も軍事においては地域覇権に走っているからだ。日本以外のアジア諸国も中国と歩調を合わせる状況ではない。APECでも中国は参加各国の賛同を得ることができなかった。
アメリカと中国の双方が国際協調の枠組みから離れて自国の利益をむき出しで訴えるとき、日本に求められるのはアメリカの強硬策に期待したり慌てたりすることではなく、米中を含む世界各国が支持することのできる多国間貿易と共通の安全保障のビジョンを示し、その実現に向けた主導権を担うことだ。
根拠はある。軍事的示威に積極的な中国も米中戦争を求めてはいない。貿易制限に走るアメリカも自由貿易自体は否定していない。東アジアの多国間秩序が動揺し、経済でも軍事でも各国が抗争を繰り返してきた権力政治に戻らないためには、米中両国ばかりでなく東アジア諸国に向かって、多国間秩序の堅持をねばり強く訴えなければならない。
(国際政治学者)