研究・報告

第4次アーミテージ・ナイ報告分析 さらなる日米一体化への要求(猿田佐世)

ND代表/弁護士(日本・ニューヨーク州)

1 第四次「アーミテージ・ナイ」報告書

2018年10月3日、第4次となる「アーミテージ・ナイ報告書」が発表された。

「細かい要求が多い」。これが最初の印象であった。第三次報告書までは、集団的自衛権の行使や武器輸出三原則の撤廃など、国家の大方針にかかわる政策変更を求めていたが、それらは安倍政権下でほぼ全て遂行されている。その「整った」制度下で、本報告書は、米国の「知日派」(対日政策担当者やそこに影響をもつ研究者を本稿では「知日派」と呼ぶ)が、米国の安保戦略において実際に日本をどう動かしたいかとの点に主眼をおいた報告書であると言えよう。

◆アーミテージ・ナイ報告書とは

日本の防衛・外交政策の青写真ともいわれるこの「アーミテージ・ナイ報告書」は、日本政府をはじめ安保・外交関係者の間で強い影響力をもっている。2000年を皮切りに、07年、12年と出されてきたこの報告書は、日本への勧告を数多く含み、第一次報告から集団的自衛権行使の禁止は日米同盟の制約と指摘し、東日本大震災後の2012年8月に公表された第三次報告では、原発再稼働、秘密保護法の制定、武器輸出三原則の撤廃なども勧告している。この第3次報告では、冒頭で、「日本は一等国に留まりたいか。二等国でよいならこの報告書は必要はない」と記載された。

同年12月の衆院選で政権交代を実現し首相に帰り咲いた安倍晋三氏は、その2カ月後の2013年2月、ワシントンを訪問し、この報告書の作成元であるシンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)で講演し、会場に参加したリチャード・アーミテージ氏、マイケル・グリーン氏といった同報告書の執筆陣に「リッチ」「マイク」(両氏の愛称)と呼びかけながら、「日本は二等国にはなりません!」と応えている。

安倍政権は、その後、2013年12月に秘密保護法を成立させ、2014年4月には武器輸出三原則を防衛装備移転三原則に変え、同年7月、集団的自衛権の行使を閣議決定で容認、2015年9月には安保法制を成立させた。その全てがアーミテージ・ナイ報告書に勧告された内容であった。

◆第四弾の特徴

今回の第四次報告書の特徴を、安全保障の視点から大きく述べれば次の2点であろう。

一つには、「対中国」の色彩を前面に出し、これまでの傾向をさらに後押しして、日米のさらなる一体化、同盟強化を求めるものである。

二つ目は、これまでと異なる外交政策を随所で語り、同盟を軽視するトランプ大統領に向けて、いかに日米同盟が重要であるかを訴えている点である。

◆政権への影響力を失った執筆陣

第四次報告書の執筆陣は、代表執筆者のアーミテージ氏とジョセフ・ナイ氏に加え、マイケル・グリーン氏、シエラ・スミス氏らの計9名である。政府の中から日米外交に関わった経験をもつ者もいるが、現在は全員民間の研究者である。

日米外交は限られた人々に担われており、日本メディアも、一部の専門家の声を「アメリカの声」として取り上げてきた。

筆者は、今の外交に自らの声が届いていないと考える人々の声をワシントンに届ける取り組みを続けてきた。原発や安保法制に反対する国会議員、基地建設に反対の沖縄の人々をワシントンに案内し、議会や政府関係者等との面談を行う、そんなことを続けてきたが、面談相手の設定にはいつも苦労する。日本に関心を持つ人々は本当に少ない。私の調査では「対日政策に影響力を及ぼす知日派は5~30人ほど」との結果となった。その代表格が、この報告書の執筆陣である。

本報告書は民主・共和両支持者の超党派によるものであるが、2016年の大統領選挙中、共和党系のアーミテージ氏やグリーン氏らは、他の過去の共和党政権の元高官とともに「トランプ氏が共和党候補に選ばれても自分は支持しない」という書簡に署名をした。そのため、トランプ氏が大統領に当選後、両氏が政府高官に任命される道は閉ざされた。

昨年10月3日にCSISで開催された報告書発表のシンポジウムで、アーミテージ氏は繰り返し、トランプ政権にいわゆる「アジア専門家」、すなわち「いつもの顔ぶれ」が2名しか入っていないことに懸念を表明した。つまるところ、いわゆる「ワシントンの対日政策コミュニティ」の声が十分に米政権に届かなくなっているのが現在の状況なのである。

すなわち、今回の第四次報告書は、そうそうたる米知日派の手によるものであるが、彼らは直接的には現政権に影響力を及ぼせない。そのため、本報告書は日本のみならず、米国のトランプ政権に読ませることも強く意識して書かれている。

昨夏、今回の執筆者の一人に、トランプ政権への向き合い方について聞いたところ、「めちゃくちゃにならないよう、これまで以上に声を上げなくては」との回答であった。その危機感が、今回の第四次報告書には表れている。

◆「かつてなく重要」

先述のシンポジウムで、アーミテージ氏は、もう報告書を出すことはないと考えていたが、トランプ政権の保護主義的な方針、そして、基地の前方展開や同盟について疑問を提示する「アメリカ第一」の姿勢を目の当たりにし、日米同盟が不明瞭(unclear)になったために出すことにした、と述べた。

また、同シンポにて、ナイ氏も重ねてトランプ氏に懸念を示しながら、在日米軍経費を4分の3負担するような日本を同盟国としてもつことは、アメリカにとって「More Important than Ever(かつてなく重要)」であると述べた。「かつてなく重要」、これは、第4次報告書のタイトルである。

2 報告書には何が書かれているのか

◆2030年までの課題

報告書の目的は、「現在から2030年までの間における、野心的だが達成可能なアジェンダを提示することで、米日同盟を強化するのに役立つこと」と冒頭に示されている。

そして、日米両国が直面する課題として4点を列挙する。

第一に、日米が築いてきた国際秩序が危機に面している。権威主義的資本主義が統治モデルとして広がり、米国のリーダーも同盟や既存の国際秩序の価値に疑問を抱いている。

第二に、トランプ政権が諸同盟国へ商取引的な対応をし、また、他の権威主義的な指導者たちとの関与を持っていることから、人権や民主主義、自由貿易や法の支配といった価値を米国が支えていくという見方を危うくしている。

第三に、中国等の国々が不公正な経済活動を行い、トランプ政権も保護主義を助長している。

第四に、中国等の競争国が、米国及びその同盟国の軍事的優位性を脅かす存在となっている。

そして、これらの難問に抗するための「野心的なアジェンダ」として、「日米の経済的結びつきの強化」「(日米の)軍事作戦の調整の深化」「(防衛産業の)共同技術開発の推進」「地域のパートナーとの協力拡大」との四つを挙げ、その中で10個の勧告を日米政府に対し(その多くは日本に対し)行っている。以下、それぞれ見ていきたい。

■柱1 日米の経済的結びつきの強化

①開かれた貿易と投資に再び積極的に取り組め

TPPの推進、および、日米からCEOや政府高官の参加する「企業・政府ダイアローグ」の設置が勧告されている。

今回の報告書は経済分野の記述が多い。それは、トランプ政権のTPP離脱などの保護主義的な姿勢や、同政権が貿易分野で日本との対立を露わにする姿勢を取っていること等への知日派の懸念から生まれた。報告書は、日米が関税について議論している間に地域の脅威(特に中国と北朝鮮)が増大している、と皮肉り、経済面での競争関係があっても日本は重要なパートナーであって敵対すべきでない、とする。

また、TPP離脱は誤りと繰り返し、「短期的には米政府が賛成しなくとも」日本が地域の秩序づくりのリーダーとなるべきだ、とする。

中国が、一帯一路などの経済政策で、安全保障にも強い影響を与えながらインド太平洋地域に影響力を拡大していることも報告書が経済を多く取り上げた理由であろう。

■柱2 日米の軍事作戦の調整の深化

②軍の運用を合同の基地で行え

自衛隊と米軍の一体化の具体的勧告の一つ目として、日米の基地共同使用を勧告している。別個の基地運用には制約が大きく、バラバラに基地を使っているような余裕はない、とその理由を述べ、まずは、どのように法的制約や運用面の問題を乗り越えるか研究すべきだとする。最終的にはすべての在日米軍は日本の基地から作戦を行うべきとも述べ、民間の港湾や飛行場へのアクセスも認められるべきとする。

③日米合同の任務部隊を創設せよ

自衛隊と米軍の一体化を進めるための第二の勧告は、有事の際に日米が効率よく活動できるよう、西太平洋に日米合同任務部隊(combined joint task force)を創設する、というものである。台湾海峡有事や南シナ海・東シナ海の紛争に備えるものであり、その部隊は日本だけでなく、アメリカの主要同盟国や友好国との調整も行うべきであり、また、常時自衛隊からも人をおき、日常的に訓練・演習を行うべきとする。

④自衛隊に合同作戦司令部(joint operations command)を作れ

自衛隊では現在、統合幕僚長が首相や防衛大臣に対する軍事的専門的な助言を行うとともに、陸・海・空自衛隊の統合作戦の指揮をを行うことになっているが、この任務を分割して作戦指揮の権限を下位の指揮官に与え、統合作戦部隊を中将が率いるオーストラリアのような形に変え、米軍とより緊密に連携が取れるようにすべきだと提言している。

⑤有事に向けた合同計画を作成せよ

有事に緊急対応するための日米合同計画の立案が必要とする。共同計画の策定は有事の際のレスポンス速度を上げるだけでなく、その存在自体が抑止力となると説明する。

また、安保条約第五条の「武力攻撃」に至らない場面、いわゆるグレーゾーンと言われる事態においても米軍が関与すべきと述べる。さらには、日米協力を進めるため、自衛隊の幹部を米インド太平洋軍の計画立案等の部署に送り出し、その一員として任務を行う(embed)よう求めている。

②で述べられている基地の合同使用は、既定路線ではあるが、法的な制約などによりなかなか進んでいない事態を憂慮して書かれたものである。

随時の日米連携は行われつつあるものの、③の常設の統合任務部隊の創設は、この報告書が日米政府を先取りする形でかなり踏み込んだものといえるであろう。基地の共同使用とあわせ、高度の日米一体化を指向する提起である。

④は、米軍との連携が行いやすいよう陸自・海自・空自の一元化を進めた上で、米インド太平洋軍との連携を強化するという内容である。軍の一体化が進む米豪間と同様の姿を目指すべきだという勧告ともいえる。自衛隊の統合運用の促進は、昨年末の防衛大綱でも大きな柱となっている。

⑤の共同計画の策定は、2015年の日米ガイドラインでも謳われているがほとんど進んでいない。この勧告は、2000年頃から徐々に拡大されてきた日米協力が2015年の安保法制で法的な整備をほぼ終えたために、これから本格的に作戦作りを行うとの姿勢によるものである。もっとも、日米は軍隊の目的も大きく異なり、日本には憲法や法律の様々な縛りがあり、共同計画の策定は簡単ではない。

すでに米インド太平洋軍の司令部には自衛隊から連絡員が送られているが、連絡というレベルに留まらず、一員として任務を遂行することを求めているのも日米一体化の促進のためである。西太平洋全域を作戦領域として対中国有事に即応できる司令部と部隊を常備するという方向性であろう。

なお、この報告書の執筆陣は「日米同盟エスタブリッシュメント」であり、日米同盟をトランプ政権に売り込むことがこの報告の目的である。そのため、グレーゾーン事態に米国が対応すべき、といった同盟の役割拡大が打ち出されている。

■柱3 共同技術開発の推進

⑥防衛装備を共同開発せよ

柱の三つ目として、本報告書は、防衛装備の日米共同開発も強く勧告している。近年の弾道ミサイル迎撃ミサイル(SM-3ブロックⅡA)のような共同開発をさらに進めることを求め、今後、共同して開発すべき防衛装備品を列挙している。これらが、政府のみならず日米の防衛産業の緊密さを示すことになるとする。

⑦ハイテク分野における協力を拡大せよ

また、ハイテク分野での協力も勧告しており、機密情報の共有、サイバー、宇宙、人工知能についての協力を促し、日米協力がなされなければ日本が遅れを取るリスクがあるとする。長期的には、米英豪加ニュージーランドの5カ国からなる機密情報共有ネットワーク「ファイブ・アイズ」に日本を入れるべきであるとし、それを実現するために日本は情報保護の強化を図らねばならないとする。サイバーセキュリティーについての強化も求めている。

昨年12月に出された防衛大綱は、日本だけでは対中優位になれないためアメリカに協力する、という姿勢が徹頭徹尾貫かれているが、その中で宇宙・サイバー・電磁波などの領域での対応を強化する旨が繰り返し謳われている。

米国においても、中国との比較優位が侵食され危機意識が高まる中、軍事はもちろんのこと、宇宙、AI、サイバーといった分野を強化して中国に対抗していくことが目指されている。その中で同盟国にも役割分担を求め、共同で対処をしようとしている姿勢が本報告書にも表れている。

◆柱4 地域のパートナーとの協力拡大

⑧日米韓三カ国協力の再活性化

勧告の最後の柱は、地域のパートナーとの協力関係を拡大せよというものである。

その冒頭に、日韓の協力関係を挙げる。日韓の防衛協力は情報共有の改善と軍事装備の整備・供与に焦点を当て、三カ国による対北朝鮮の軍事演習を拡大すべきとする。

また、北朝鮮との交渉が進んだとしても日米韓三カ国の関係は崩さず、演習や軍隊のプレゼンス、ミサイル防衛などを交渉材料にしてはならないとする。

⑨地域インフラ基金を立ち上げよ

地域の最大の難題として、中国の政治的・経済的な影響力の増大をあげ、ビジネスの競争は、開かれ、ルールに基づいたものでなければならないとしている。また、中国が一帯一路などで他国に多くの投資を行っているが、日米同盟はそれに代わる魅力的な代替案を提示すべきで、日米の投資は、借金や腐敗等をともなわず、高い基準の投資や国内労働者の雇用、投資に見合った確実な利益の確保等、他国にも魅力があるものであるはず、と主張する。また、豪、韓、印、ニュージーランド等も巻き込んで、インフラ整備とキャパシティ・ビルディングのための新しい地域基金を立ち上げよ、とする。

⑩広域の地域経済戦略を編み出せ

広範な地域経済戦略の立案を求めている。その多くは、自由貿易圏を維持・拡大し、中国との貿易不均衡を是正し、地域における中国の経済的影響に対峙するという内容である。いくつもの具体的勧告がなされているが、例を挙げれば、市場アクセスの問題が安全保障の問題に置き換えられてはならないこと、経験を生かした強力な投資と金融制度を通じて地域開発を支援すること、貿易の障害を取り除くこと、また中国のテレコミュニケーションの独占排外的なインフラ支配等に対して、開かれたインド太平洋地域を維持する戦略を整備すること、といったものがある。

⑧では日韓協力が求められている。これは中国・北朝鮮と対峙する米国の一貫した政策であるが、日韓関係は現在、徴用工裁判やレーダー照射問題で国交回復以後最悪といわれるまでになっている。報告書の執筆陣は、この事態を苦々しく見ているだろう。

トランプ大統領は昨年6月の米朝首脳会談後の記者会見で米韓合同軍事演習の中止に言及したが、米国内での調整を行っておらず、ペンタゴンや議会とから反発が出たとされる。インド太平洋地域における既存の勢力関係構造の維持を重視する知日派からすれば、軍事演習の中止は極めて問題、ということになる。

⑨および⑩のインド太平洋地域における経済戦略は、経済力をつけ、地域覇権的な要素を持ち始めているかのような中国にいかにして対抗するか、というものである。

3 報告書の全体を振り返る

◆パワーバランスを変える存在としての中国

まず注目しなければならないのは、中国の取り扱いがこれまでの報告書とは大きく変化していることである。中国が軍事力を拡大し、地域で台頭する存在であるというのみならず、軍事力におけるアメリカの絶対的優位を脅かす存在になってきており、経済でも安保でも中国に正面から対抗せねばならない、という意識が、報告書には通底している。

米国は2017年12月の国家安全保障戦略で中露を「競合国」と位置づけ、優位性を保つための戦略を展開する方針を明確にした。インド太平洋地域における主眼は中国である。この報告書も、その大国間の争いの中でいかにして日本の力を使っていくか、という視点が強い。畢竟、日本の防衛力の強化や米軍との一体化を求めることとなる。

日本も、昨年末の防衛大綱で、「中国等のさらなる国力の伸張等によるパワーバランスの変化が加速化、複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している」とし、中国の取り扱いを「パワーバランスを変える存在」と位置づけている。防衛大綱は、米国を第一に、豪、印、東南アジア、韓、英、仏、加、ニュージーランドとの連携を謳っており、さながらブロック化の懸念すら生じさせる内容となっているが、この報告書はブロック化というより、米国がより使いやすい自衛隊へという方向性の方が強いといえるだろう。

◆異なる日本と米国の利益

この報告書では(防衛大綱でもそうであるが)、米国の利益が日本の利益と同じであることを前提として、日米の一体化が進められている。しかし、米国と日本では利益が異なる場合があることは、地理的な位置ひとつとっても明らかである。また、例えば、米中、米台の関係を見ても、それが日中、日台の関係とは全く異なることに気づくであろう。

日米同盟が現在の速度で軍事強化を進めていくことは、安全保障のジレンマと呼ばれる軍拡競争を際限なく呼び、偶発的な衝突や過剰なエスカレーションを招きかねないことになる。そのような場合に直接の被害を受けるのは日本であり、広大な太平洋を越えた米国ではない。

「専守防衛」という言葉は、今でも防衛大綱等の防衛関連文書が政府から出されるたびに使われる。「日本が盾、米国が矛」として日本の安全を守る政策と説明されてきたが、その実体はすでに薄れている。敵基地攻撃能力の保有も具体的に議論され、護衛艦いずもの空母化も決定された。イージス・アショアも、日本防衛のためのみの導入ではないと言われる。

実質的には日本の防衛政策は米国の世界戦略の中の一部に既に組み込まれているが、なぜ「専守防衛」が適切であるとの判断が過去になされたのかについて、立ち止まって考える必要があるだろう。それは、外交努力などと合わせ、日本が軍事被害に遭う可能性を最小限にするためではなかったか。

◆防衛予算の増加

報告書は、防衛大綱と中期防に防衛費の増加を記載し、国内総生産(GDP)の1%を超えて防衛費を支出することも求めている。財政難のアメリカを日本が一部肩代わりするという点で、この報告書と昨年12月の防衛大綱・中期防は共通点が多い。今回の中期防では、今後5年間の防衛費は27兆4700億円と過去最大を更新した。

もっとも、冷静になると、実際に米中が戦火を交えることになると考えている人はほぼいないという現状に気づく。「新冷戦」という言葉も耳にするが、冷戦時と全く異なり両国間は経済的つながりがあまりに強い。

実際に使われないであろうにもかかわらず、限られた資源をこのレベルまで防衛費に費やすことは適切なのか。防衛予算をこれ以上増やす余裕が日本のどこにあるのか。

◆米国の利益のために書かれた報告書

報告書発表のシンポジウムで、アーミテージ氏は、「この報告書を出すのは日本が好きだからではなく、我々がアメリカを愛しており、アメリカの利益になるからである」と述べている。これは、当たり前のことなのだが、実は日米同盟全体について日本人が忘れがちな点である。

私は大学院で、執筆者の一人であるグリーン氏の「日本学」の授業をとっていた。日本をあまりに熱く語るので、授業後に、「どうしてですか?」と聞いたところ、「愛国者だから」との回答。思わず「日本の?」と聞くと、「そんなわけない。アメリカだよ」と言われ、目が覚めたような思いであった。

そんな質問をする方が馬鹿だ、と思うかもしれない。しかし、こういった報告書を読んでいるとそんな気にさせられるし、実際に、他に日本に関心を持つ人もいないワシントンで彼らと日本について話しているとよりそのような気持ちになる。日本政府も、アメリカが日本を護ってくれる、そのために在日米軍はあるのだ、との幻想をふりまき続けている。

しかし、彼ら知日派の目的はアメリカの国益の最大化であり、日本のために日本と関わりを持っているわけではないことは、常に意識しておくべきことである。

◆ワシントン拡声器

報告書発表シンポジウムでアーミテージ氏は、この報告書が長期的視点に基づいたもので実現は簡単ではないが、日本に相当の努力を促したい、と述べている。日本の防衛力の格段の拡大に向けての努力を期待している、ということである。

これまで3回のアーミテージ・ナイ報告書でも、日本の防衛力を拡大する方向での勧告がなされ、報告書発表後5年の間にその多くが実現されてきた。

アーミテージ・ナイ報告書は政府の発表物でなく、一民間シンクタンクの報告書にすぎない。何故この報告書に書かれていることがここまで実現されてきたのか、と疑問に思う人もいるかもしれない。その答えは、いたって簡単である。

執筆陣は日本の外交・防衛当局者や政権与党の政治家と常日頃から交流の機会を持ち、彼らの次の狙いを深く理解している。彼らがどのような報告書を望むかということについても深く理解をしている。だからこそ、そもそも防衛大綱と重なる政策提言が多くなされるのである。また、日本政府が心の中では望んでいても、踏み込み過ぎで国内で提案することは難しいような勧告を、ワシントンの対日政策コミュニティのイニシアティブとして代わりに提案するのである。

日本政府関係者は、この報告書の日本での影響力を大変良く理解しており、常時この報告書の執筆陣が属するシンクタンクに資金を提供したり、日本の外交・防衛政策に関わるプロジェクトを様々委託したりしている。そして、このような報告書が出された際には、それを日本政府が実現していく、ということを繰り返してきた。

このサイクルは、日本政府や政権与党が自らの声を、ワシントンを使って日本国内で拡散するシステムであり、私はこれを「ワシントン拡声器」と呼んでいる(参照:「新しい日米外交を切り拓く(集英社)」)。

今回はさらに、トランプ政権に声が届かない知日派が、日本政府からトランプ氏に声を届けてもらおう、という「逆ワシントン拡声器=日本拡声器」としてもこの報告書は機能していると言えるだろう。

アーミテージ・ナイ報告書が出版され、防衛大綱・中期防が出て、日本の短中期的外交・防衛政策が明確になった。日本の私たちがどのような道を歩むべきなのか、この機会に冷静にみなで考えたい。

(雑誌「世界」2019年3月号  岩波書店)

猿田佐世

弁護士(日本・ニューヨーク州)。早稲田大学法学部卒業後、タンザニア難民キャンプでのNGO活動などを経て、2002年日本にて弁護士登録、国際人権問題等の弁護士業務を行う。2008年コロンビア大学ロースクールにて法学修士号取得。2009年米国ニューヨーク州弁護士登録。2012年アメリカン大学国際関係学部にて国際政治・国際紛争解決学修士号取得。大学学部時代からアムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチ等の国際人権団体で活動。
ワシントン在住時から現在まで、各外交・政治問題について米議会等で自らロビーイングを行う他、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。2017年2月・2015年6月の沖縄訪米団、2012年・14年の二度の稲嶺進名護市長の訪米行動の企画・運営を担当。米議員・米政府面談設定の他、米シンクタンクでのシンポジウム、米国連邦議会における院内集会等を開催。