研究・報告

トランプ大統領当選から3年~日米関係は変わったか 下

(「トランプ大統領当選から3年~日米関係は変わったか[上]」はこちら)

トランプ大統領は、日本なんてどうでもいい

(上)で述べた通り、日本外交は、ドナルド・トランプ氏が大統領になってからも従来通りのアメリカ一辺倒であり、さらにはその中でも、特に、トランプ大統領と安倍晋三首相との「友情」頼りの状態が続いている。
しかし、トランプ氏自身は「そもそも日本のことなんてどうでもいいと思っている」というのが、日米外交ウォッチャーの多くの一致した意見である。
「アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)」、最近では、「トランプ・ファースト」とまで言われるようになっているトランプ氏が、日本のことを大事に思っているとか、日本に配慮しているということはない。

ワシントンの「知日派」たちは「既存秩序」を破壊するトランプ氏を、大概において毛嫌いしているが、著名な知日派が次の例を出して怒りをぶちまけていた。
「トランプは、安倍さんの日本語なまりのある英語の発音を口まねして小バカにしたのよ」
これは、8月上旬にニューヨークの郊外で、トランプ氏が共和党の選挙資金集めの会で講演した際に、安倍氏の英語の発音をバカにしてものまねをした、という一件である。 様々なバックグラウンドを持つ人が共に生活しているアメリカにおいて、これは、相当に侮辱的な行為である。このとき、トランプ氏がものまねしたのは、安倍首相と文在寅大統領の二人についてであったという。

日本で今、トランプ氏を支持しているのは保守派が多い。しかし、いわゆる「愛国意識」が強い傾向にある日本の保守派の人々がこの話を知っても、トランプ氏を支持していられるのだろうか。
このトランプ氏の安倍氏に対する侮蔑発言は、日本のメディアでも少しだけ報道されたが 、大きく問題になることはなかった。今でも日本政府は「首相との『友情』もあるし、トランプ大統領の再選を願っている」といった話をよく耳にする。これをその知日派に伝えたところ、
「どうして、こんなことを言われてまでトランプを好きでいられるの?」
と、さらに怒り心頭であった。

トランプ大統領が8年続くと社会のありようが変わる

トランプ氏が世界中に様々な問題を振りまいていることは、多くの人たちの共通認識である。
メキシコとの国境の壁、人種・女性差別的な発言、極端な移民政策、関税の一方的引き上げ……アメリカでは、トランプ氏に影響されたヘイトクライムによる銃乱射事件なども起きている。今までも「分断社会」といわれてきたアメリカだが、その分断はトランプ氏が大統領になってから加速度的に進んでいる。

「トランプ政権が8年続くとどうなると思う?」と、親しくしている別の知日派の一人が私に聞いてきた。彼が言うにはこうである。
「今はまだ、大統領のやることについて、『これって、ちょっとおかしい』って思う人もたくさんいるだろう。でも、この3年の間に、私たちはかなり慣れてしまって、トランプが少しぐらい何か言っても、もう驚かなくなってきている。少しずつ社会は麻痺し、そしてトランプのやり方が徐々にメインストリームになりつつある」

嘆きながら彼は続ける。
「これが8年続くというのは、社会の在り方を大きく変えてしまうということを意味するんだよ。8年後には、おかしいと今感じていることを、おかしいとは全く感じなくなり、むしろそれこそが正しいと思うようになりかねない」

大統領選シーズン開始

アメリカでは既に、大統領選挙シーズンが始まっている。年が明ければ、アイオワ州の党員集会を皮切りに、大統領選挙の予備選挙が始まる。民主党側は、候補者が乱立して混乱してきており、どの時点で収束し、誰が最後に残るのか、今の時点では全く予想がつかない。
他方、共和党の候補者はトランプ氏である。既に彼は、選挙を意識した発言に終始し、日本との貿易交渉も含め、「大統領選挙で有利になるかどうか」を全ての判断指標としている。
トランプ氏の、人権を無視し社会の中で憎悪をあおるやり方に憤りを覚えている人たちは、「トランプ以外の誰か(ANYONE, BUT TRUMP)」とアピールし、「もう、トランプでなければ誰でもいい!」というような運動を展開している。

トランプ氏は日本にとっていい大統領なのか

2019年の5月、トランプ氏が来日し、相撲から炉端焼き、ゴルフまでの4日間の大接待が行われたのを覚えている方も多いだろう。「首脳同士の信頼関係が深まり、日米関係が強固であると周辺国に示した」というのがその意義とされた。
日本の生討論番組で、私が「多くの先進国ではトランプ訪問でデモが起きているのに、日本では全く起きなかった」「日本は大丈夫か」と疑問を投げかけたところ、外交に強いとされるある自民党議員に「トランプが日本で人気があるのは当たり前。だって、トランプは日本にとっていいことしかしていないんだから」と反論された。
トランプ氏来日の際の産経新聞(19年5月29日付)には、抗議デモがないことばかりか、再選を願う人がサインボードを掲げてトランプ氏にエールを送っていたということが書かれていた。
そうなんだろうか。トランプ氏は本当に、日本に対していいことしかしていないのだろうか。

ワシントンのある日本研究者が、「日本政府の立場からしたら、本当はトランプよりオバマの方がいい、ということを認めねばならない」と評論していた。
一般的に日本政府は、アメリカの共和党を民主党より好むとされる。今も、外務省や自民党は、トランプ氏の方がオバマ氏より好ましい、次期大統領選でも民主党よりトランプ氏を、と考えていると聞く。そもそもオバマ大統領は安倍氏とは全く異なるリベラルな価値観をもっていたし、考えてみれば、「安倍・トランプ」のような関係は、「安倍・オバマ」ではできあがらなかっただろうから、「友情」に「頼る」ことのできる「安倍・トランプ」関係はやりやすい、ということなのだろう。

しかし、知日派の彼は続けてこう言った。
「トランプは、日本政府が推進したTPPからも抜けた」「アルミ、鉄鋼に追加関税をかけた」「貿易戦争も仕掛けている」「高価な武器も買わせた」「米軍駐留経費の日本負担も莫大な増額をふっかけている」
「そんなことは、オバマ大統領では全く起きなかった。なのに、なぜ自民党の人たちはトランプを評価するのか」と彼はため息をついた。

高価な武器の購入については、日本国内では批判も強いが、安倍政権としては、トランプ氏の誘いをありがたい機会と便乗して今までの願いを実現しているのだろう。しかし、確かに、それ以外の点については、冷静になってみれば、日本政府の立場からすれば評価できないことが多い。
さらには、地位協定の改定、辺野古の基地建設、INF条約(中距離核戦力全廃条約)破棄等、トランプ氏に対して安倍氏が本来であれば物申すべき論点は山積みであり、何も言わずに盲目的に追随することで日本が失っている「国益」は極めて大きそうである。

このような状況下で、「トランプは日本にいいことしかしていない」と言い放ってしまうマインドは、どこから来るのだろう。

トランプ大好き日本、これでいいのか

あくまで、アメリカの大統領はアメリカの国益に基づいて政策を決定する。それがそもそも一国の大統領というものであるし、さらに「アメリカ第一」「トランプ第一」のトランプ氏にとっては「友情」など全く関係ない。日本に対し、輸入自動車に高関税をかけると脅し、米軍の駐留経費を現在の4倍にするぞと挑発することも問題だとは思わないのである。
4日間の大接待を受けようと受けまいと、日本だけが日米関係から利益を上げており、日米安保条約の破棄、関税増額というトランプ氏の持論の本質は何も変わらないだろう。
「友情」により貿易交渉で手を抜くことはないし、有事の米軍出動の有無も、アメリカの国益に資するか否か、トランプ氏のそのときの気分に沿うか否かによる判断にすぎない。

そもそも、多くの場面において日本とアメリカとでは「国益」が異なることを忘れてはならない。にもかかわらず、「友情」を唯一の方針として「抱きつき外交」を行うことで、多くの問題が置き去りにされていく。いつでも梯子を外されかねない状況下で、「友情」にのみ頼っていていいはずはない。自らの外交方針を主体的に考えられる私たちでなくてはならない。

現在の「従属」が、押しつけではなく、日本自身の選択であるということを認識することから始める必要があるだろう。

猿田佐世(新外交イニシアティブ(ND)代表/弁護士(日本・ニューヨーク州))

沖縄の米軍基地問題について米議会等で自らロビーイングを行う他、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。2015年6月・2017年2月の沖縄訪米団、2012年・2014年の稲嶺進名護市長、2018年9月には枝野幸男立憲民主党代表率いる訪米団の訪米行動の企画・運営を担当。研究課題は日本外交。基地、原発、日米安保体制、TPP等、日米間の各外交テーマに加え、日米外交の「システム」や「意思決定過程」に特に焦点を当てる。著書に、『自発的対米従属 知られざる「ワシントン拡声器」』(角川新書)、『新しい日米外交を切り拓く 沖縄・安保・原発・TPP、多様な声をワシントンへ』(集英社)、『辺野古問題をどう解決するか-新基地をつくらせないための提言』(共著、岩波書店)、『虚像の抑止力』(共著、新外交イニシアティブ編・旬報社)など。