【トランプ政権誕生で日米関係をどう変えるのか
猿田佐世×マーティン・ファクラー対談】(imidas 12/23)
時事オピニオン
──先日、自身初の単著となる「新しい日米外交を切り拓く」(集英社クリエイティブ)を出版。長年、ワシントンを舞台にロビイング活動を続け、沖縄の米軍基地問題やTPP問題などに関して「日本のもう一つの声」をアメリカ政府や米議会関係者に届けてきた猿田佐世さんと、20年以上にわたり、アメリカ人の視点で日本の政治や社会をウォッチし続け、こちらも新刊『世界が認めた「普通でない国」日本』(祥伝社新書)が出版されたばかりのマーティン・ファクラーさん。ある意味、対照的とも言える立場の二人は、トランプ大統領誕生後のアメリカと今後の日米関係をどう見ているのか? 日米外交の新たな可能性を探るクロストーク。
大統領選挙が浮き彫りにした「アメリカ社会の深い分断」
──まずは、お二人に、今回のアメリカ大統領選挙の印象から聞きたいのですが。
ファクラー 今回、僕が最も強く感じたのは、アメリカ社会の深い分断ですね。選挙戦の最中から、アメリカには「トランプが絶対勝つ」と信じている人たちと「トランプ大統領なんてあり得ない」と考えている人たちがいて、まるで「二つのアメリカ」が闘っているような雰囲気でしたが、選挙が終わり、トランプが勝利した後も、この二つが再び融和し、一つのアメリカとしてまとまってゆくという雰囲気が全くない。
むしろ、トランプの支持者たちは「やったー!」と大喜びし、トランプに反対する人たちは深く落ち込むという極端に感情的な反応が続いていて「価値観、世界観」で二つの国に分かれてしまったような感じがします。
何しろ、トランプ政権への嫌悪感から「カリフォルニア独立論」までが、半分真面目に議論されるぐらいですからね……。これは、イギリスが国民投票でEU離脱を決めた、いわゆるBREXIT(ブレグジット)の後、EUへの残留を望むスコットランドで再び独立論が浮上しているのと基本的に同じ構造です。
また、アメリカ国内でも民主党の強い地域の州や郡、市町村の中には、トランプが主張する「不法移民の追放」のような政策には従わないと既に宣言している地方自治体もあります。アメリカの場合、地方自治体の権限が大きいですし、特に警察は州や郡ごとに独立していますから、大統領の指示に従わないこともある。そうしたアメリカ社会の深い分断の中で、トランプ大統領が本当に国を一つにまとめられるのかが気になりますね。
もう一つ、トランプ大統領で難しいのは、彼の「言葉」と「行動」が必ずしも一致しないという点です。選挙期間中は過激な発言を繰り返し、アウトサイダー的なイメージを強調していたトランプですが、固まり始めた新政権の閣僚人事を見ても、首席戦略官兼上級顧問に指名された保守系ニュースサイト「ブライトバート・ニュース・ネットワーク」の会長、スティーブン・バノン……彼はまぁ、日本で言えば右翼系サイト「チャンネル桜」の代表みたいな感じですが、そのバノンを除けばアウトサイダー的な人物はほとんど選ばれていません。
基本的な顔ぶれは「共和党内の保守派」と「元軍人」「財界人」です。
──ちなみに、トランプ大統領の誕生は、アメリカ人であるファクラーさんにとっても、驚きだったのですか?
ファクラー そうとも言えません。と言うのも、今話したような「アメリカ社会の分断」は、決して、今始まった話ではなくて、恐らく1994年(ビル・クリントン大統領時)の議会選挙の頃から始まっていると感じていたからです。その頃から共和党が変質して、以前よりも攻撃的になり、一方で「ティーパーティ−」と言われる保守的な動きが、結果的に今のトランプ政権誕生につながったとも言える。その意味ではアメリカの分断はもう20年以上も続いているのです。
また、対立候補のヒラリー・クリントンはあまりにもインサイダー的なイメージが強く、有権者から、既得権益を持つ「エスタブリッシュメント側の人間」と見られていたし、メール問題やクリントン財団の資金の問題などで、弱点が目立ち過ぎたとも感じています。その意味で、今回の大統領選挙は「トランプが勝った」のか、それとも「クリントンが負けた」のか分からない(笑)。間違いなく言えるのは、これほど「双方の候補が嫌われていた」大統領選挙はこれまでなかったということでしょうね。
閣僚人事から浮かび上がる「トランプ政権の実体」
──一方、猿田さんは、アメリカ大統領選挙をどんな風に見ていたのでしょうか?
猿田 私は今回のアメリカ大統領選挙について、日本の反応に注目して見ていました。確かにトランプは選挙期間中、様々な暴言を繰り返し放ったわけですが、アメリカの国内政策に関するものは、正直、日本人は直接的な影響を受けないものが多い。当然と言えば当然ですが、日本、特に新聞やテレビなどの日本の主要メディアではトランプの外交に関する発言、特に日本に向けられた「米軍の駐留経費を全額負担せよ」との要求や「米軍撤退」、あるいは「日本の核武装を容認する発言」などを大きくクローズアップし、そこにすごく反応している人が多かったですよね。
そうした中で、特に沖縄の米軍基地に反対する日本のリベラル層の中には「米軍の駐留経費を全額負担しなければ在日米軍を撤退させると訴えるトランプが大統領になったら、むしろ沖縄の基地問題は片付くんじゃないか」という一種の楽観論が生まれたり、大阪の橋下徹前市長みたいに「沖縄米軍基地反対派はトランプ氏を熱烈応援すべきだ。」と発言する人が出たり……ということがあって、米軍基地問題や、やはりトランプが反対を公言しているTPP問題で、結果的に物事がいい方向に変わるのでは……と期待した人もいたと思います。
しかし、今、ファクラーさんがおっしゃったように、選挙後に見えてきたトランプ政権の閣僚人事を見ると、結局、既存の枠組みの中から保守派を単に選んでいるだけで、共和党のタカ派陣営で固めただけじゃないか、そうなると、中国へ軍事的な圧力を今後も掛け続ける中で日本にはその一部に加わって欲しい、即ち、日本に軍事的な貢献をさらに要求するということになるだけの可能性が高いように思います。
もちろん、クリントン氏当選では何も変わらないことがわかっていたので、トランプ氏で「何かが変わるんじゃないか」と期待した人の気持ちもわかります。が、国防長官に指名されたのも、元海兵隊のアメリカ中央軍司令官で「狂犬」との異名をもつタカ派のジェームズ・マティスですし、そういう意味では、今後も日米関係、特に安全保障の面ではあまり変化はないのかなぁ……という雰囲気はありますね。
──トランプは選挙期間中、何度も「アメリカファースト」を主張し、「アメリカは今後『世界の警察官』をやめるのだ」と強調してきました。しかし、今回の人事を見ると、特に安全保障関連については「元軍人」の比率が驚くほど高い。むしろ外交や政治への、軍と軍需産業を含めた「軍産共同体」の影響がこれまで以上に強まる可能性はありませんか?
猿田 ここでも「言葉」と「行動」や「政策」が一致していないんですね。例えばトランプは、任務に就いている陸軍兵士の数や海兵隊の大隊数を増やす、米国予算の強制削減を国防予算については適用を廃止するなど、軍事予算を減らすんじゃなくて増やすとアピールしてきました。アメリカの財政状況は非常に厳しく、ただでさえ予算を削減しなきゃいけないのに、それに加えて大幅な減税をすると言っている。そんなことをしていたら、とても財政が持たない。トランプの発言や閣僚人事を見る限り、戦争ばかりやっていたブッシュ政権の頃、あるいはそれよりさらに軍事力重視といった感じになってしまいそうな気がします。
ファクラー そうですね、しかも、ブッシュ政権の時は、「タカ派」だったけれど、少なくとも彼らには「ネオコン」という「価値観」が共有されていた。ところが、今度のトランプ政権は「タカ派」なだけで共通の「価値観」すらない気がします。
そもそも、トランプの言う「アメリカファースト」という言葉は、彼の発明じゃなくて、実は1930年代のアメリカで共和党員だったチャールズ・リンドバーグ……そう、世界で初めて飛行機での大西洋単独無着陸飛行に成功した、あのリンドバーグが「アメリカはヨーロッパでの戦争に関わらない」という孤立主義を訴えた時の運動が「アメリカファースト」だったんですね。
で、トランプは選挙中、確かに「アメリカは『世界の警察官』を続けられない」とか、「日本や韓国が自国負担を増やさないなら、駐留米軍は撤退する」とか、いろいろ発言していたけれど、今、猿田さんがおっしゃったように、トランプ政権の閣僚人事の人選を見ると正反対で、軍事力で抑え込む「力」の政治の臭いがする。アメリカの外交専門誌フォーリンポリシーに寄稿した、トランプのアドバイザーであるカリフォルニア大学教授のピーター・ナヴァロの論文によれば、アメリカ海軍の艦艇を新たに100隻も増やすという案もある。これって「海上自衛隊」をまるまる、もう一つ分、新たに増やすような話ですから、大変な増強です。
「対米従属」がさらに強化される可能性も……
ファクラー それに、今回、ピーター・ナヴァロ教授の論文では「中国脅威論」を主張していて、特に南シナ海での中国の影響力拡大に対する強い懸念を示していますから、今後、トランプ政権が日本に対して、この地域で自衛隊がもっと積極的な役割を果たすように圧力を掛けてくる可能性は十分にあるでしょうね。
そしてそれは「積極的平和主義」を訴える安倍政権の考え方にも近いような気がします。その意味では安全保障問題に関する対米従属が終わらないで、日本のアジア太平洋地域での軍事的な役割が大きくなるという可能性もあるでしょうね、
猿田 私が非常に残念だと思うのは、日本がこのチャンスに「対案」を示せていないことです。今までの日本の外交は「選択的対米従属」であり、日本が一方的にアメリカの言いなりになってきたというよりは、日本も「それが得」だと考えて率先してアメリカの言うことを聞いてきたという面がある。ところが、トランプ大統領の誕生によって「これまで通り対米従属を続けると、とんでもないことになるかもしれない」という「風」が一瞬、吹いた。しかし、日本側は誰も、今までの日本の外交・安保政策に代わる「対案」を提示しようとしていない。
既存の外交で利益を得ていて、これでよい、この関係がこのまま続いてほしいと思っている人たちはトランプ氏に振りむいてもらうべく、必死で働きかけを行っています。その一番手が安倍首相であり、あっと言う間にトランプタワーに飛んでいって、「現在の日米同盟は素晴らしいものです」「振り向いてください」とアピールしている。そうやって「日本とアメリカは、トランプ政権になっても、これまで通りです」という、メッセージを日本に、そして世界にもバンバン出している。戦後、ずっと続いてきた日米関係をベースに、その既得権益を持っている人たちが、既存の日米関係を守ろうと躍起になって動いているという感じです。
もちろん、それに対して、トランプが日本にさらなる負担増を要求してくる可能性はあるでしょう。例えば、在日米軍の駐留経費負担の増額要求だった場合、当然、日本側も簡単にはイエスと言えないわけですが、完全に否定できるのか、それとも若干増やすのか……。あるいは、ファクラーさんが指摘されたように、自衛隊のアジアでの役割を増やし、結果的にアメリカの負担を軽減するという対応をすることになるのかもしれませんが。
ファクラー 恐らく、自衛隊の役割を増やせばアメリカは納得する。そういう意味では安倍さんの出番というか、日本が地域での役割を増やすという、安倍政権が目指している方向性ともマッチする可能性があります。あと、先ほど、ナヴァロが中国脅威論を主張していると言いましたが、対イスラム強硬論者のマティス国防長官など、今回の閣僚人事を見る限り、トランプ政権の本当の敵はやはり中東のイスラム過激派だという気がします。トランプの国内の支持者には、中東、イスラムを敵視している人たちが多いですからね。
その意味では、東アジア、太平洋地域での軍事的な役割の一部を日本に肩代わりさせて、その分、アメリカの力を中東にシフトするという可能性もあるでしょうし、場合によってはその中東でも日本の貢献を求めてくるということもあり得るでしょうね。いずれにせよ、そうした方向性は、安倍政権の希望とも一致する部分が少なくない……。
猿田 オバマ政権は「アジアシフト」や「リバランス」といわれる形で、アジア重視の政策をとりました。8年を終えての成果には十分でなかったといった批判も含め様々な評価がなされていますが、特に経済政策に関して、アジアの経済成長力をアメリカの利益に取り込んでいくことが目的であったことに間違いありません。「ビジネスマン」のトランプもその意味するところを理解すればこの部分の方針を大きく変えることはないはずです。
ファクラー ただし、自由貿易を推進したオバマとの一番の違いは、トランプはTPP(環太平洋経済連携協定)反対を強く主張するなど、国内の雇用と製造業を守るための「保護主義」を選挙戦で強調してきたことです。既にTPPからの離脱を明言しているし、今後、NAFTA(北米自由貿易協定)や米韓FTAを白紙にする可能性もある……。トランプが当選できたのは、そうした「反グローバル経済」を支持する人たちがいたからで、TPP離脱などの公約を今さら反故(ほご)にすることはさすがに難しいでしょう。
猿田 TPPは離脱するでしょうね。どんなに安倍首相がお願いしても、それだけは「これまで通り」とはいかない(笑)。
ファクラー トランプは自分が「経済は得意だ」と信じているから、自分は経済問題にフォーカスして、安全保障はマイク・ペンス副大統領と元軍人の閣僚たちに丸投げしちゃうんじゃないでしょうか? 結局、僕はそうなる気がしますね。
──ここまでの話を簡単にまとめると、今回の大統領選挙であらわになったアメリカ社会の深刻な分断は、選挙後も全く解消されていないけれど、トランプ新大統領が発表した閣僚人事を見る限り、そこには「共和党のタカ派」「元軍人」と、国務長官に指名されたレックス・ティラーソン(エクソンモービル会長兼CEO)に代表されるような「財界人」ばかりで、首席戦略官兼上級顧問のスティーブン・バノンを除けば、いわゆるアウトサイダーは少ない。
そして、その顔ぶれを見る限り、少なくとも安全保障政策については「タカ派色」が強くなりそうだ。その場合、日本に対してはアジア、太平洋地域での自衛隊の役割の拡大などを求めてくる可能性もあるが、それは「安倍首相のやりたいこと」とも部分的に一致するので、もしかすると、従来以上に「対米従属」が進むのではないか……と。
トランプ政権下で、日米外交をどう変える?
猿田 「アメリカの意図を利用しながら日本で自らが望む政策を進めていこう」というこの場合に「対米従属がより進む」という言い方がストレートに当てはまるかどうか分かりませんが、この機会を利用して日本が軍備拡張の方向に進む恐れは間違いなくあると思います。
先ほども言いましたが、トランプ氏の大統領当選によって一瞬だけちょっとした「風」が吹いた。「日本がこのままアメリカについていくだけではマズいんじゃないか、安全保障も含めてより自立し、自分たちの頭で考えねばならないのではないか?」という空気は間違いなくあったと思います。希望を込めて言えば、まだその空気は完全になくなってはいない。
ところが、民進党のような野党や、これまで「対米従属」を批判していた一部の新聞も含めたメディアも、その他いわゆるリベラル陣営も、その問いに対する対抗軸を示そうとする動きが弱い。皮肉な話ですが、例えば、新聞で具体的提案を堂々と行っているのは産経新聞ぐらい。産経新聞はアメリカ大統領選挙の翌日の一面で大きく「トランプ大統領で、いいじゃないか」とのタイトルと共に「アメリカがトランプなら、日本は自主防衛だ」と主張する記事を載せました。もっとも、その産経もあっという間に「現状維持」に論調が変わってしまいましたが(笑)。
私が受ける取材でも「トランプ大統領になって日米外交はどうなりますか」という質問しかない。「どうしたい」がなければ、「どうなるか」といった懸念も何もないはずなのですが。特に、「今の外交はおかしい」と言う人たちが、何か、現状に代わり得る対案を出そうという国家的な議論がまるでない。外交の問題に限らず、非常に残念であり、かつ、変化の可能性がわずかでも存在するこの瞬間においてもったいないことだと思いますね。
ファクラー 僕はもう一つ、今後のアメリカの動きが非常に大事だと思います。
というのも、やはり、トランプ政権は動きが読みづらい部分が多く、アメリカの態度が本当に従来通りになるのか、まだ分からないからです。表面的には従来とあまり変わっていないように見えても、これまで同盟国の利害もきちんと考える大国として行動していたアメリカが、「アメリカファースト」で自分のことしか考えないという行動原理に基づいて、日本の立場からすると、予想もできないようなことをする可能性はあるわけです。
トランプ政権になってから、すぐに大きな変化がなくても、やがて、そういうズレが明らかになり始めて、「もう、アメリカは僕たちのことを考えてくれないから、自分たちで考えなきゃいけない……」と日本が気付いた時、当然、これまでと同じような対米従属を続けられない。そこで、大きなポイントになるのが、戦後、長い間「対米従属」というレールの上を走ってきた日本が、本当に自分たちで考えられるのか? 政治家だけでなく、国民自身が「この国の在り方」を真剣に考える風土が作られるのかという点です。
日本の政治を動かす「ワシントン拡声器」の存在
──そうした、日本という国の在り方や、日米関係の新しい形について、日本人が真剣に考え、開かれた議論をするためにも、自由な情報の流れや論点を整理するというメディアの役割が重要だと思いますが、ファクラーさんはかねてから日本における「報道の自由」が危機的な状況にあると警鐘を鳴らしていますし、猿田さんも新著『新しい日米外交を切り拓く』の中で、日米外交が多様性を欠く、非常に限られたチャンネルを通じて行われていることを指摘されていましたよね。
猿田 はい、私がワシントンに住んでいた時に驚いたのは、日本政治の多くがアメリカに影響を受けて決定されてゆく中で、ワシントンには日本の一面的な姿しか伝わっていないということでした。こうした「日米間で流通する情報のギャップ」を埋めるために始めた、アメリカ連邦議会へのロビイングなどを通じて、日本の「もう一つの声」をワシントンへと運ぶという取り組みが、その後に設立したシンクタンク、「新外交イニシアティブ」の現在の活動へとつながっているわけです。
また、そうしたワシントンに対する働きかけを行うなかで気付いたのが、日本の官僚や政治家が一見「対米従属」という形でアメリカの言いなりになっているふりをしながら、実際には自分たちの言いたいことをアメリカ側、例えば、リチャード・アーミテージさんのような「知日派」とよばれる人々に言ってもらい、それを「アメリカの声」として日本に伝えることで、日本の政治への影響力を強めるという手法が頻繁に使われているということでした。
私はこれを「ワシントン拡声器」と名付けたのですが、このワシントン拡声器が機能するためには、当然、アメリカの立場がすごく強いことが前提ですし、「狭く、限られたチャンネル」を通じて日本側で外交を独占している人たちとそのカウンターパートである「アメリカ」との間には利害の一致が必要であり、さらに言えば、ある程度の信頼関係も必要です。
そうした利害の一致や信頼関係が失われてしまった場合に、今まで、日米関係を基盤に自分たちの地位を維持していた日本の中枢の人たちはどうするのか……と考えた時、もっと単純な国粋主義的な考えの方が、分かりやすくて良いという話になるかもしれない。
そうなると「自分さえ良ければどうでもいい」という、いわば「ジャパンファースト」的な考え方が一気に広がってゆく可能性があります。これは、世界中で広がってしまっている動きと共通する動きです。しかし、それは先の大戦から70年にわたって国際社会が積み重ねてきた、様々な人類の英知を捨てさってしまうことを意味しており、それでは世界が平和にならないこともほぼ明らかです……。
ファクラー 私も極端な愛国主義や民族主義の広がりを心配しています。率直に言って日本の市民社会は根が浅いですからね。日本人自身が、議論することにも自分の国の方向性を考えることにも慣れていない。日本の戦後は対米従属を続けていれば良かった。ある意味、楽だったとも言えます。でも、今は余裕がなくなってきて社会がピリピリし始めている。
しかも、日本には安倍首相の後を引き継げそうな、存在感のある政治家がいない。そういう時に、今、アメリカやヨーロッパ各国で起きているように、橋下徹前大阪市長のような「デマゴーグ」が日本でも存在感を増してしまう可能性がある。「俺は答えを持っている」とシンプルで分かりやすいオイシイ話で人々の気持ちをつかむポピュリストです。
猿田 でも、それは絶対に「答え」じゃない。
具体的な「対案」で新たな日米外交を切り拓く
──そうした状況を招かないために、日本は、あるいは日本人は今、何をすべきなのでしょうか?
ファクラー まだ余裕のあるうちに、日本のアイデンティティーを考える必要があると思います。問題を後回しにしないで「今の日本はどうあるべきか」とか「アメリカとの関係」「憲法」「日本の戦争責任」など、ずっと棚上げにされた問題に関して、この国の方向性を明確にしなきゃいけない。
この国には、そうした、ずっと棚上げにされていたタブーがまるで地雷のように数多く残っていて、いつかはその地雷が爆発する。そうなる前に、日本のアイデンティティーを考え、この国の在り方や方向性について、国民が一定のコンセンサスを形成することができれば、それは日本が安易なポピュリズムに陥らないための、バラストになるはずです。
個人的には日本が「普通の国」になるのは、少しもったいないと思っています。戦後の日本はアメリカの保護下にあったけれども、その一方で、他の国にはない、新しく魅力的な価値観を生み出してきた。
そういう「普通ではない国」としての日本の魅力、アイデンティティーを捨てて「普通の国」になることが、この国にとって本当に正しい道なのか……。それもまた、日本人自らが自分たちの責任において議論すべきことだと思いますね。
猿田 そうした議論を意味あるものにするためには、対立軸を示し、具体的な政策を提案することが必要です。しかし、民進党のような野党や日本の知識層は批判はしても、なかなか具体的な政策提案ができない。そこがまさに、ファクラーさんに「日本の市民社会は根が浅い」と言われてしまう要因だと思います。
具体的な提言を積み重ねてゆくことで、現実的な議論が可能になり、論点をより明確にしてゆくこともできるはずです。私たち「新外交イニシアティブ」では、そうした考えの下で、例えばアジア太平洋地域における米海兵隊の運用や機能を維持しつつも、辺野古への海兵隊の新しい基地建設を伴わない形で普天間基地の返還を実現するという提言書を作って米議会に働き掛けるなど、具体的な問題を解決するための提案をいっていこうと考えています。
ファクラー 猿田さんも指摘されていたように、日本では政治家もメディアも、戦後にできた既得権益を一生懸命守ろうとして、全ての変化を畏れている。だから、だんだん矛盾が多くなって、ハッキリと見えてきたにもかかわらず、誰もそれを変えようとしていない。以前、民主党政権ができた時にも、そのチャンスはあった。そして、3.11の後にも、メディアを含めて、そうした動きがあったのに、結局は潰されてしまった。
結局、社会に余裕がないから、その後は同調主義が強まって「目立たない」とか「リスクを避ける」とかいう傾向だけが強まっているように感じます。そこにきて「トランプ大統領の誕生」というのは、日本が自立を考えるためのチャンスだと思う。この先4年間、トランプ政権のアメリカがどうなるのか、正直、誰にも分からないわけですからね……。
猿田 そうですね、何が起きるか分からない……というのは、自分で「考える」ことのきっかけになります。私たち「新外交イニシアティブ」でも、沖縄の基地問題や、日米地位協定、日米原子力協定の満期到来など、日米外交の重要なテーマに対して、具体的な政策提言を行うことで、そうした議論を活性化できたらと考えています。
こちらの記事は、2016年12月23日に「情報・知識&オピニオン imidas」に掲載されています。