研究・報告

アメリカ大統領選挙は新型コロナウイルスでどんな影響を受けたのか

アメリカ大統領選挙の報道を目にすることが極端に少ない。日本だけではない。アメリカ本国でも同じである。もちろん、アメリカのメディアでは見掛けるが、大統領選挙まで5カ月を切ったことを考えれば、関連報道は驚くほど少ない。

今年(2020年)3月、新型コロナウイルスの感染拡大によりアメリカでも報道はコロナ関連一色となった。5月下旬に白人警官による黒人の殺害事件が起き、全米規模の抗議運動が始まってからはそのニュースも加わって、コロナおよび人種差別抗議関連のニュースが米報道の中心を占めている。

もっとも、今年11月に行われる大統領選挙は、アメリカの政治イベントの中で最も重要なものである。誰が大統領になるのかということは、長期化するであろう新型コロナ対策においても大きな意味を持ち、また、あらゆる意味で日本にも重大な影響を与える。コロナ禍中における現在までの2020年大統領選挙がどのような状況にあるのか、振り返る。

影響を大きく受けた大統領選挙

今回に限らず、アメリカの大統領選挙は長期戦である。本選は「11月の第1月曜日の次の火曜」と法律で定められているが、その年の2月から夏までの間、予備選挙が各州で行われ、各党の候補者が選ばれる。夏の党大会で候補者が指名され、その後11月まで共和・民主の候補者が争いを繰り広げるというのが、4年に一度の光景である。

今年も、3月上旬までは過去と変わらない流れで進んでいた。共和党の候補者は現職のドナルド・トランプ氏である。民主党では今年初めの時点で10人以上の候補者が乱立していたため、2月以降の各州の予備選挙で絞られ、3月上旬にはジョー・バイデン前副大統領とバーニー・サンダース上院議員の二人による争いとなっていた。

しかし、新型コロナウイルスの影響で、3月中旬を境に多くの州の予備選挙は延期されるか、郵便投票となった。候補者を指名する民主党大会も7月中旬から8月中旬に延期されたが、それも実施できずにネット上での開催になるのではないかとの議論が飛び交っている。一時は全国世論調査でも1位を誇ったサンダース氏は、コロナ禍の影響も受け、「この困難な局面で勝ち目のない選挙戦を続け、必要な仕事を妨げることはできない」と4月8日、予備選からの撤退を決定した。

外出禁止令も出されたため、大統領選挙となれば毎週、あるいは連日のように何千人も集まって華々しく行われるイベントが4月、5月はことごとくキャンセルになり、候補者が支持者と直接会うイベントも中止となった。

トランプ氏は直接の選挙運動はできなくとも大統領として執務を行うため、メディアで取り上げられる機会も多いが、バイデン氏は、民主党の候補者指名確実となった際にも勝利集会を開くこともできず自宅からネットで勝利宣言を出した。テレビや集会でアピールする機会も奪われ、サンダース氏の撤退で予備選も事実上終わり、バイデン氏がメディアに取り上げられる機会は一気に減った。報道によれば、4月および5月はほとんど自宅に留まっており、5月25日に約10週間ぶりにやっと外出。その日から6月半ばまでに、直接人と会うイベントについては合計9回開催したに過ぎない。また、3月半ばから6月の半ばまでの間に、30以上のオンライン上等でのイベントを行い、50以上のメディア等のインタビューを受けたとのことである。これらを踏まえても、通常の大統領選とは比べものにならないほど「おとなしい」選挙運動である。

トランプ氏の新型コロナ対応

トランプ氏は、新型コロナ対策になかなか本腰を入れなかった。情報機関は、1月初旬にはすでにアメリカにおけるウイルス感染拡大の可能性を大統領に伝えていたが、トランプ氏は、2月27日の時点でも「今は(感染者は)15人だが、この15人も数日以内にほぼゼロになるだろう」と力説していた。

アメリカにおいても甚大な被害を避けられないことが明らかになり、トランプ氏は3月13日に国家非常事態宣言を出した。その後、自らを「戦時大統領」であるとアピールし始めたが、これは、戦時には大統領の支持率が上がるという過去の例にならったものである。例えば、2001年の9.11アメリカ同時多発テロ発生時にはブッシュ(子)政権の支持率は35%も跳ね上がり、90%までに至っている。

トランプ氏は新型コロナウイルスを「チャイナウイルス」などと呼んだり、ウイルスが中国・武漢市の研究所から流出したことを裏付ける証拠があるなどと述べたりもしてきた。また、中国に肩入れし過ぎであるとして、コロナ禍中に世界保健機関(WHO)からの脱退も宣言した。これらの露骨な対中国強硬姿勢には、感染拡大を防げなかったトランプ氏自身への批判をかわす狙いもあると見られているが、他方、これらの発言の影響も受けて、アジア人に対するヘイトクライムがアメリカ国内で増加したとの報告もあり批判も浴びている。

支持率の低下

国家非常事態宣言の発表から1カ月以上たっても、戦時大統領として大幅に支持率がアップするというトランプ氏の望んだような結果にはならなかった。トランプ氏は、「なぜ世論調査で支持率が95%にならないのか理解できない」と述べ、アメリカ政府の新型コロナ対応が適切に評価されていないと不満を爆発させたが、4月末時点においても、トランプ氏の仕事ぶり(Job Approval)については、「評価しない」と答える人が半数を超える状況が続いていた(Real Clear Politics平均[4/1 – 4/26]評価する45.6%・評価しない52.0%)。

その後、白人警官による黒人のジョージ・フロイド氏の殺害事件への対応を経てトランプ氏の支持率はさらに下がり、大統領選挙についての世論調査では、6月中旬時点で、民主党のジョー・バイデン氏支持50.1%、トランプ氏支持41.3%(RCP平均[5/28 – 6/16])とバイデン氏に大きく水をあけられている。この傾向は、「スイングステート」と言われる勝敗の鍵を握る州(どちらの候補が勝つか分からない州)でも同様であり、ペンシルバニアやミシガンといった2016年の大統領選挙ではトランプ氏に勝利をもたらした州においてもバイデン氏がトランプ氏に5%以上の差をつけて優勢となっている。

好景気下では現職大統領が再選されるというのが慣例であるが、トランプ氏が頼りにしていた好景気は新型コロナウイルスにより決定的に崩壊した。米連邦議会予算局は、今年4~6月期のGDPが前期比年率換算で37.7%減の大幅なマイナス成長になると予測している。5月末の失業率は13.3%で、1948年に統計を取り始めて以来最低の数字を記録した4月より1ポイント以上改善したが、歴史的な低水準の3.5%前後であった2月までの失業率とはなお比べるべくもない。

この不景気はトランプ氏のコアな支持層であるブルーカラー労働者に深刻な影響を与えている。11月までの間に経済活動が十分に再開され、景気が上向きになるかどうかが大統領選挙の結果を大きく左右するだろう。

他方、ライバルのバイデン氏はというと、すでに述べたとおり、選挙活動を十分に行うこともできず、メディア露出度も極めて低い状況にある。しかし、トランプ氏がコロナ対策の失敗と人種差別抗議に対する高圧的な対応で自滅的に評価を落としている中、「失言王」と言われるバイデン氏が露出を控えることが許されていることも重なって、皮肉なことに、「おとなしくしている」バイデン氏が支持率を急上昇させるという結果になっている。

経済活動再開

企業からの激しいロビイングを受け、加えて景気回復が自らの再選にも大きく影響することもあって、トランプ氏は経済活動再開に向けて懸命に動いてきた。経済活動再開を訴える人々のデモに対して「ミネソタを解放しろ」「ミシガンを解放しろ」などの応援メッセージを自身のツイッターで流したことでも話題になった。

なお、4月後半から段階的に経済活動が再開され、6月中旬の現在までに、程度の差はあれ全ての州が経済活動を再開している。中でも、知事が共和党の州は、早期から経済活動再開を率先して進めてきた。財界に支えられている共和党にとって、経済活動の復興は急務である。トランプ大統領に近い保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」が、スウェーデンの「世界で最も規制の少ない新型コロナ対応」を評価し「経済的自由」の実現を目指す論評を同財団のニューズレターのトップに掲載しているのを見て、私は苦笑いしてしまった。小さな政府を追求するアメリカの保守が、大きな政府の代表である福祉大国スウェーデンをモデルとすることは、普段であればけっしてないからである。

経済活動の再開を積極的に進める共和党系の知事と、慎重な姿勢で臨む民主党系の知事で、その対応は二分される。共和党の支持者の多い内陸部の州(「レッドステート」という)では、当初、都市部ほど被害は拡散しておらず、知事も共和党であることから経済活動再開の動きが早くから活発化したが、新型コロナ感染拡大が著しい東西の海岸沿いの都市部は民主党が強く(「ブルーステート」という)、コロナ感染拡大が著しいのはこのエリアであったため、経済活動再開には極めて慎重な姿勢をとり続けてきた。今日に至るまで、経済活動の再開を巡って、ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事に代表される民主党の知事と共和党のトランプ大統領は激しい対立を続けている。

なお、経済活動を早期に再開した州では、6月に入って感染の広がりが顕著になっている。6月半ばの現在、州によってはこれまでの最大の感染者数を記録し、集中治療室の利用率が8割を超えたり、人工呼吸器が不足するおそれが出たりするなど、再び事態が深刻化している。これらの州の影響を受け、米国全体でも、1カ月以上減少傾向をたどっていた感染者数が上昇に転じている状況にある。

アメリカ社会の分断を見ながら

私がこの一連の流れの中で驚きを持って見ていたのは、保守とリベラルの二極化がコロナ禍で加速度的に進んだことであった。

5月末から6月初旬にかけて行われた世論調査では、民主党支持者の74%が、コロナウイルスの感染拡大を食い止めて、“通常”の感覚に戻るまでには1年または1年以上かかると答えたのに対し、共和党支持者の約32%がすでにウイルスの封じ込めに成功したと答えたとの結果が出ている。

共和党支持者はトランプ氏の発言を全て鵜呑みにし、民主党支持者は氏の発言を全て批判するという強い傾向にある。WHO脱退、経済活動再開などいかなる論点についてであっても、トランプ氏が発言するとみな政治化され、トランピスト(トランプ支持者)はそれに従うし、民主党支持者はこれに反対の声を上げるという状況が氏の当選以来続いている。今では、個々人がマスクをするかしないかも政治論争になってしまった。

もちろん、社会の二極化はトランプ氏の登場以前から長く言われてきたことである。アメリカでは共和党支持者と民主党支持者は接するメディア・SNSが異なり、全く別の情報源から情報を得ているために、考え方の違いがさらに際立っていくという現象にある。

しかし、多くの人命が失われている極限状態においても社会の二極化がここまで徹底して具体的に表れる、というのは、大変に驚くべきことである。また、人間の考えが外的要因(例えば、トランプ大統領の発言)、あるいは、他者の意図(例えば、トランプ氏のねらい)によって形成されていることについても改めて認識する結果となった。

なお、コロナ禍中であるにもかかわらず瞬く間に全米中に歴史的規模の反人種差別デモが広がる様子を見て、「人種差別は悪である」ということに代表される「普遍的価値」が未だアメリカにもきちんと存在し、それを壊させまいとする動きもこのレベルで存在するのだというある種の安堵感を覚えた。

としても、トランプ氏に投票するとしている層は世論調査で4割を切ることはない(6月19日現在41% RCP平均[5/28 – 6/16])。この数字を見て、何があっても揺るがないトランプ支持者の存在を確認するたびに、アメリカのみならず世界の私たちが「普遍的価値」と見なしてきたものが壊れていく不安感も同時に感じざるを得ない。

この連載の第19回で記した友人の言葉を思い出した。

「これ(トランプ政権)が8年続くというのは、社会の在り方を大きく変えてしまうということを意味するんだよ。8年後には、おかしいと今感じていることを、おかしいとは全く感じなくなり、むしろそれこそが正しいと思うようになりかねない」

当時(2019年12月)は、民主党候補者が誰になるか絞られていなかった。バイデン氏が「普遍的価値」を維持するのに最も適した大統領かどうかは、意見も分かれるだろう。しかし、トランプ政権が来年以降も続いたらどうなるか、という意味では、この言葉は、半年たった今、さらに正しく事態を表現しているように聞こえる。

「普遍的な価値の破壊」

この意味においても11月の米大統領選挙は、アメリカのみならず世界にも大きな影響を与えるものとなるだろう。

猿田佐世(新外交イニシアティブ(ND)代表/弁護士(日本・ニューヨーク州))

沖縄の米軍基地問題について米議会等で自らロビーイングを行う他、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。2015年6月・2017年2月の沖縄訪米団、2012年・2014年の稲嶺進名護市長、2018年9月には枝野幸男立憲民主党代表率いる訪米団の訪米行動の企画・運営を担当。研究課題は日本外交。基地、原発、日米安保体制、TPP等、日米間の各外交テーマに加え、日米外交の「システム」や「意思決定過程」に特に焦点を当てる。著書に、『自発的対米従属 知られざる「ワシントン拡声器」』(角川新書)、『新しい日米外交を切り拓く 沖縄・安保・原発・TPP、多様な声をワシントンへ』(集英社)、『辺野古問題をどう解決するか-新基地をつくらせないための提言』(共著、岩波書店)、『虚像の抑止力』(共著、新外交イニシアティブ編・旬報社)など。