岸田「従米外交」に異議 日中外交がなぜ不在なのか!

〇倉重篤郎のニュース最前線

バイデン大統領との日米首脳会談で、岸田首相は、日米の軍事的一体化と従米構造のさらなる強化を発信したとも言える。日中外交を欠いたこの方向には大きなリスクがあると主張する山崎拓元自民党副総裁と、猿田佐世・新外交イニシアティブ代表が、平和外交への別の道筋を提示する。

先のバイデン米大統領と岸田文雄首相の日米首脳会談をどう見るか。世の評価は分かれるが、当方はどうも懸念が先に立つ。

岸田首相は「日米同盟は前例のない高みに到達した」とうたいあげ、「日米がグローバルなパートナーとして真価を発揮すべき時で、世界の課題に共に対処する」と強調した。米議会ではスタンディングオベーションで好感されたが、彼らが歓迎するのは当たり前だ。力の衰えと国内の分断を抱える悩める超大国として、忠実なる同盟国に負担を代替させ、結果的に米国の世界統治力を高めるとの戦略通りに運んだからである。

ただ、我々日本側はどうか。対処とは軍事力行使も含めたワーディングと聞く。世界最強の軍事力を持つ米国と一緒になって地球の裏側の紛争にまで対処する意思と能力と準備があるのか。国民世論の趨勢と己の国力を冷厳に測った発言とは思えない。国会論戦や与党内の熟議を経た節もない。内政の危機挽回の意図で、米国にいい顔をしたがる外務省のシナリオに乗っただけだとすれば、あまりに罪作りなコミットメント(国際公約)ではないか。

自衛隊と在日米軍の連携強化に向けた指揮統制枠組みの見直しでも合意した。日本側は陸海空3自衛隊を一元的に指揮する常設の「統合作戦司令部」を年度末に発足させるが、米側は在日米軍司令部を機能強化、米太平洋艦隊司令官(大将級)を日本に派遣するという。問題は、この連携強化の仕組み作りの中で、日本が独立した指揮権を留保できるかどうか、である。

岸田首相は「それぞれに独立した指揮系統に変わりはない」と強調するが、圧倒的な情報格差、装備格差、戦争慣れ格差、長年の従米コンプレックスからして、こと有事になれば、自衛隊が事実上米軍の指揮統制下に置かれるのは目に見えている。憲法9条は「国権の発動たる戦争」の永久放棄をうたっているが、この国権(主権)そのものが、米国の指揮権の発動により、左右されるようなことがあっていいのか。

二人に話を聞きたい。一人は山崎拓元自民党副総裁である。同党安保調査会長や防衛庁長官などを歴任、戦後日本の外交・安保政策の生き字引であり、貴重な証言者でもある。安倍晋三政権下での集団的自衛権行使の一部容認の際には、世界の警察官であった米国が力の衰弱から警察犬としての日本への依存を強めたものと、批判した。今回の首脳会談でますますその警察犬化が強まったのではないか。岸田訪米が今後の政局に与える影響をどう見ているのか。

もう一人は猿田佐世・新外交イニシアティブ(ND)代表である。日米外交がごく一部の人の手により決められ、日米に存在する多様な意見が反映されていないとの問題意識から、新しい外交を切り拓くためこの10年、米軍基地、使用済み核燃料処理、歴史認識、東アジア地域協力などの分野で提言を発してきた。現在は、昨年8月の日米韓首脳会談を受けた3カ国連携推進プロジェクトの1つである米国務省支援の日米韓「Women’s Empowerment in Security」(安全保障分野の女性の地位向上)という研修ツアーに参加中だ。ワシントンとズームでつなぎ、米国側の反響も聞いた。

 

指揮統制も米国主導とされたのでは

-まずは山崎氏だ。岸田演説どう受け止めた?

「安倍晋三政権では集団的自衛権行使を限定的に容認したが、今回の岸田演説はそれを踏み越え、無条件で行使するような言質を与えてしまった印象だ。『You are not alone. We are with you!』(米国は独りではない。日本は米国と共にある)と述べたが、防衛費を倍増し敵基地攻撃能力を持ったことで、全面的に日米が一体となり、従来の日本が盾、米国が矛という役割分担ではなく、日本もまた積極的に矛の役割を担います、と宣言したと、受け止められている」

「今後は日本防衛のみならず、東シナ海で中国の進出を防ぐのは日米一体でやるということになる。南シナ海についても日米比首脳会談で中国包囲網を作り上げた。NATO(北大西洋条約機構)のような集団安全保障の仕組みはできないが、多重な多国間連携をするということだ」

-格子状の同盟という。

「米国は中国の軍事力の飛躍により相対的に弱体化した。中東情勢にも足をとられている。そこを同盟国が補うという意味だろう」

-指揮権については?

「指揮権は別々だとのロジックにはなっているが、米国側は日米合同軍と捉え、指揮統制も米国主導であると考えているだろう。横田基地に米国側司令部を置けば、米国側は、横田空域における制空権・管制権にますますこだわるだろう」

-日本側は何故ここまで?

「岸田政権としてはこの手以外になかった。国賓待遇を断る理由はないし、それを受ける以上これくらいのリップサービスが必要だった。毅然とした主権国家としての対応ではなく、ご機嫌取りという感じが滲み出た。要は、国内政治の危機を国際政治で挽回したいという岸田首相の立場を、日本の外交当局が理解し、従来の米国一辺倒の路線の延長線上で首脳会談の合意事項、議会演説を作った」

-従米一本足打法だ。

「国連中心、日米同盟堅持、アジアの一員としての立場の堅持が1957年以来日本外交の3原則だったが、このうち国連重視が揺らいでいる。ウクライナ戦争、ガザ戦争を止められない。総会決議が安保理の拒否権に対抗できない。国連自体が存在意義を失っている」

「アジアでの足場も中国の台頭や北朝鮮、ロシアの存在で脆弱化、日本は指導的な役割を担えないでいる。日本は第二次大戦に対する反省から77年8月に福田赳夫首相(当時)が『日本は軍事大国とならず世界の平和と繁栄に貢献する』という声明(福田ドクトリン)を発表したが、岸田首相が軍事大国を目指すと言ってしまったので、これもなくなった。3原則の残り1つ、日米同盟だけをやたらと強化してしまった。それでいいのかということだ」

「(戦後安保政策史上)相当大きな転換だ。自衛隊が米軍に一体化する、集団的自衛権の行使を限定的でなく無制限化するとの政治的宣言だ。中国への配慮はなく100%米国追従だ。米国は水面下で中国と通じている。日本は本来、米中対立の仲介者であるべきなのにそれができていない」

「しかも、米大統領選結果がどうなるか。岸田演説でスタンディングオベーションが15回ほどあったというが、ウクライナ支援継続を呼びかけるくだりでは共和党のジョンソン下院議長は立たなかった。米国の分断を感じさせる場面だった。岸田首相は『トランプ大統領』の可能性もある中で、バイデン政権にのめり込んだ。これが11月5日の大統領選で吉と出るか凶と出るか。バイデン勝利だとしても、これだけの約束をしてしまい、日本が主権国家と言えるかという批判は出てくるだろう」

 

外交による平和構築が必要な時だ

-政権浮揚効果は?

「共同通信調査で支持率が5%上ったが、まだ青木(幹雄元参院幹事長)の法則(内閣支持率と自民党支持率の和が50%を切ると危険水域)が生きている。訪米効果はその程度のものだ」

-4月28日の3補選は?

「三連敗は回避できないだろう。問題は岸田首相が遊説で島根1区入りするかどうか。乗り込んで負けた場合はかなりダメージを受ける。乗り込まなかった時は逃げたと言われる。この政治判断は非常に難しい」

-裏金処分も不満が残る。

「裏金問題の本質は届け出たかどうかではない。何に使ったかだ。これを調べてもいないし、議論もしていない。不思議だ。たった一人それを明言した者もいた。机の中に入れていた、という。メディアも検察も追及しなかったが、明らかに脱税だ。」

-今後の政局は?

「岸田首相には6月解散しかない。9月の総裁選での再選を考えれば、解散できない総裁を選ぶわけがない。宏池会出身の総理として創設者の池田勇人元首相より長くやりたいとこだわっている。総裁選前に内閣改造する手もあるが、改造後総裁を降ろされたら幻の内閣になる。それは許されない。閣僚のなり手もないだろう」

-続いて猿田佐世さんだ。岸田演説どう聞いた?

「日米はこれからはグローバルな問題での同盟であり、米国の手の届かないことも日本が率先してやります。憲法9条の制約や国民合意がないからと断ってきたことをむしろ日本がリードしてやりますので、米国は東アジア地域への関与を維持してください、と」

-米国側はどう反応?

「米政府内の人々は大歓迎だ。同盟が強化されて素晴らしいという反応だ。米国の戦略、つまり、自由、民主主義、法の支配を標榜する国際秩序の推進や中国に対する軍事的、経済的包囲網の形成が、米国一国では十分にできなくなったので、これを日本にも韓国にもフィリピンにも補完してもらうということだ」

「しかし我々が理解すべきは、日米の国益は100%一致しているわけではないことだ。両国は地政学的に異なった場所にあり、仮に台湾有事になれば日本は戦場になる可能性が高いが、米国は太平洋を隔てている。こちらが軍事包囲網を強化すれば中国も対抗、安全保障のジレンマが止まらない。日本の国力、経済力を考えると、精一杯無理して背伸びしてここまで来たのかなという感じがした」

-抑止力万能主義の限界?

「抑止力を高めて戦争にならなければいいが、一発の銃弾が第一次世界大戦を起こしたように、尖閣でのちょっとした小競り合いが大戦争になりうる。イスラエルとイランの報復合戦もそうだが、戦争はこんなふうに始まる、というのを我々はまさに目撃している。その意味で、今こそ外交が必要だ。相互間にあるパイプをフルに動かして、日常から関わりを増やすことで、透明性を少しでも増し、危機管理できるチャンネルを作らなければいけない。軍事力を高めるだけで平和が来るという考えは大間違いだ」

 

米国の統制権に抗う韓国とは逆方向

-連携強化で事実上自衛隊は米軍の指揮統制下に入る?

「もちろん米側はそれを狙っている。ただそれを日本政府側も望んでいる。世界最高の力を持つ米軍との一体化を望んでいる。『自発的隷従』だ。そこに批判が起きないところが問題だ。例えば台湾有事で、自衛隊が米軍と共に派兵された場合、中国からの反撃で日本国土が戦場になる。岸田首相は、国益に従って断ることは断る、と言うが、米軍との一体化を進めた結果それが可能かどうか。自分で外堀を埋めてしまっている。先週、韓国のキャンプ・ハンフリーズ(在韓米軍司令部)を視察、指揮権一体化の実態を見てきた。朝鮮戦争以来米国が持つ指揮・作戦統制権を奪い返そうとしてきたのが韓国の歴史だが、日本は逆をいっている」

-外交の欠落が致命的だ。

「今、米首都ワシントンの外交・安保業界では『制度化=Institutionalization』という言葉が大流行だ。昨年の日米韓首脳会議を受けた3か国連携強化におけるコンセプトで、軍事連携だけではなく、地域制度の強化、開発・人道支援対策、女性の活躍推進まで、数十もの事項についての協力が決定されている。政府内で幾つもの省庁が横断的に関わり、学界や市民社会まで巻き込む一大プロジェクトとなっている」

-あなた自身もその研修で日米韓を巡回中だ。

「本気の外交とは何か、を学ばせてもらっている。それは、長い時間と予算をかけ、政府内外を問わず多くの人を巻き込んでの一大プロジェクトだ。ある国との関係を継続的・定例化されたものにして担当者を置き、日常的なやり取りを増やし、首相レベルから事務方まで顔が見える関係にする。この経過の中で情報公開が進み、緊急対応・危機対応も可能になっていく。また、人的ネットワークや経済的・文化的つながりを増やすことで各国が戦争に訴えることの機会費用(コスト)が高くなっていく」

「この重層的で本気の『制度化された外交』を、中国との間で実現できないか。日中間では、過去に日中外交を担った世代が姿を消し、極めて限定的なパイプしかなくなっている。定期的な首脳外交を筆頭に、幅広いテーマでの省庁横断的、重層的な外交が必要だ。議員外交・地方自治体外交・専門家外交・市民社会・経済界・学会などのマルチトラック外交(多層外交)も継続的に行う。中国軍も招き、双方の軍事力の透明化を図り、危機対応の電話も機能させる。文化、女性地位向上、気候変動なども議論する。本気の外交を両国がやることで、緊張を緩和していくしかない。今回の岸田訪米で改めてそう感じた」

 

岸田首相がなすべきは、ただ米国に尻尾を振るのではなく、中国への本気の外交ではないか。猿田氏指摘の対中外交の「制度化」、ぜひトライしてほしい。